中印戦争(大幅に手直ししました)

※この作品は作者の独断と偏見によるシミュレーション戦記です。実際の人物、国、民族は関係ありません。

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■204×年~ 中印戦争

 南シナ海東シナ海を内海とした中国は海軍を増強しつつあるインドを封じ込めて、航路の完全なる安全を確保するためインド洋へ進出した。最新式の原子力空母を完成させた中国海軍は同艦を含める新設艦隊(南西海艦隊)をスリランカパキスタンの中国海軍基地に配属することを決定する。これにインド政府が抗議の声を上げ両海軍がインド洋で睨みあいになった。

 ブータン革命

 そんな中、インドと中国の係争地区に近接しているブータン王国の西側の住民が中国への領土の一体性を求めて反乱を起こした。反乱は首都のティンプーにまで到達し、国王が捕らえられてしまう。実は反乱を起こした「住民」は中国から不法に入植してきた漢人たちで、ブータン制圧のための秘密の訓練を受けていたのだ。同国を保護国としていたインドは中国の不当な干渉を主張。国王の解放と武装勢力の撤退を要求するが中国は「アルナーチャル・プラデーシュ地域はわが国固有の領土であり、それに隣接する周辺ブータンも我が国の潜在的領土である」と主張。国王を処刑してブータン支配を強行した。

 サイバー大戦・情報戦

 米国の覇権が失墜して以来の核保有国同士の一側触発の事態に世界は固唾をのんで見守っていた。ITの発達した両国では大規模なサイバー戦争が連日にわたって繰り広げられ、世界のIT社会に深刻な打撃を与える。情報戦も活発化しており、中国がカースト制度を引き合いに出してインドの野蛮性を主張する一方、インドは中国軍に占領されたブータン王国での悲惨な状況(略奪と殺戮の嵐。かつて国民の幸福度指数が高かったことから「世界一不幸な国になった」として、チベットウイグル内モンゴル天安門、香港、台北事件、ベトナム琉球動乱同様に語り継がれる)を暴露した。
 さらにインド軍人の間で謎の感染症が拡散し、デリーを中心にインド全体に広がっていた。インド首相は中国軍の作ったウイルスだと主張するが、中国報道官は「福祉の遅れた劣悪な自国環境の責任転嫁」と反論した。世界がインド・中国国境線に注目している間、中国海軍はインドのアンダマン・ニコバル諸島攻略の準備を密かに進めていた。

 中印パ三国国境紛争

 二国間の緊張が高まった末、ブータン東の中印国境線に予め控えていた中国軍西部戦区の陸軍が攻撃を開始、インド軍と戦闘になる。当初両国の戦力差は拮抗していたが、突如飛来した無数の虫型ドローンによって打撃を受けたインド軍陣営は潰走に追い込まれる。勢いに乗った中国軍は破竹の勢いでアルナーチャル・プラデーシュ州へ進撃していく。更に中国軍は精密誘導ミサイルや人工知能搭載型のステルス攻撃機を投入してデリーを始めとしたインドの各都市と軍事施設を爆撃した。
 そこに中国の準同盟国であるパキスタンが参戦してくる。同国は既に本戦争において中国と盟友関係にあったのだ。中国の支援によってハイテク化されたパキスタン軍はカシミール地方に侵攻し、インド軍に二方面作戦を強いる。
 久方ぶりの国境紛争にインドは全力で応戦する。多数の戦闘機や巡航ミサイルを効果的に使って敵に打撃を与え、侵攻を一旦押しとどめることに成功する。

 アンダマン海の戦い

 その時アンダマン海で中国イージス艦がインドのフリゲート艦を沈めたことをきっかけとして海戦が勃発。実は中国の本命はアンダマン海の要所、アンダマン・ニコバル諸島だったのだ。衛星によって誘導された中国軍の対艦極超音速兵器によってインド海軍は甚大な被害を被り、海戦は中国軍の勝利で終わる。しかし島嶼にはインドの用意していた対艦兵器がずらりと並んでおり、中国軍は思うように揚陸することができなかった。更にインド軍は中国軍事ネットワークへのサイバー攻撃衛星攻撃兵器(ASAT)による中国偵察衛星の破壊で、一部敵装備を機能不全に追いやった。

 宇宙戦争・戦術核

 これに中国は報復としてインドの人工衛星偵察衛星はもとより通信衛星気象衛星まで次々と撃墜し始める。この過激な衛星攻撃の結果、一部軌道上では大量のスペースデブリが発生してしまい、第三国の衛星にも大打撃を与える。宇宙戦争は衛星の絶対数が少ないインドに不利となり、国内外での情報の疎通が困難になってしまう。
 世界の情報網が混乱した隙を狙って、中国軍は戦術核による島嶼のインド軍施設の徹底破壊を実行。アンダマン・ニコバル諸島の防衛システムをも瓦解させ、これを占領することに成功する。中国の核兵器使用をインドが非難するも、それを拡散する通信手段が存在せず、なおも孤立したまま核報復するか否かを迫られる。民主主義で選ばれた首相は国民は勿論世界を巻き込んだ核戦争へ発展するのを恐れ、中国側に停戦交渉を求めた。

 デリー攻防戦

 インド政府とパキスタン政府、そして中国政府はバングラデシュの首都ダッカにて停戦交渉を開始した。しかし、会談中にインド中部の国境帯にいつの間にか中国軍が集結しており、突如ウッタランチャル州へ侵攻を開始した。その行く手にあるのはインド首都のデリーである。アルナーチャル・プラデーシュ州やカシミール地方への侵攻も再開。当然交渉は破談となるが、序盤の被害が災いしてインド軍は失地を取り戻すことができず防戦一方であった。
 しかしここでインド首相は国民に徹底抗戦を呼びかけ、多くの義勇兵を募った。この頃のインドは中国よりも多くの人口を抱えていたため、人手に事欠くことはなかったのだ。この結果、短期での決着を計画していた中パ同盟軍は徐々に失速していき、膠着状態に陥ってしまう。デリー侵攻の中国軍は撤退に追い込まれた。

 戦略核ダッカ合意

 膠着状態を打開するため中国はインド国内のウイルス拡散防止を口実に、アンダマン・ニコバル諸島を拠点にインド洋で厳しい海上臨検を繰り返して国籍を問わずインドとの交易を寸断させた。陸海で包囲された形となったインドだが、近年の経済成長とマンパワーで抗戦を続けていた。
 このままでは埒が明かないと判断した中国政府はとんでもない作戦を実行する。インド政府に降伏を要求すると共に、インド内陸の都市を戦略核で無差別攻撃し始めたのだ。これにはインドも迷わず核報復するが、中国軍はまるで意に介さずにインドを核攻撃し続けた。核弾頭の数で劣るインドは止む無く降伏を選択し、中国・パキスタン側の要求を呑んで停戦に至った。

 米国

 バーチャル戦争によってアメリカは荒廃の一途をたどっていた。米国民の七割以上が仮想国家により二分されることになり、一部では3Dプリンターで作った武器で武装して銃撃戦が行われる事例が多発する。事態を重く見た連邦政府が介入を試みるも、サーバーは中国の北京にある上に量子暗号化されているためアクセスできず、散発的な暴力事件に対処するだけであった。各州政府も最低限の行政を担うだけで仮想政府を事実上受け入れ、連邦政府を軽視するところさえあった。そこを中国とロシアに付け込まれ、国連で「アメリカ人民連盟」が正式な政府として承認を受けてしまう。

 しかし中印戦争によって衛星が破壊され、メタバースシステムのプラットホームにアクセスできなくなったことで、仮想国家は一夜にして崩壊、アメリカ全土が無政府状態になる。連邦政府が国家統制の回復を図るが、それを良しとしない中露に介入される。かつての覇権を捨てた合衆国の軍事力は大きく縮小しており、ロシア軍にアラスカの三分の一を占拠されてしまう。更に太平洋の島、グアムとハワイで独立運動が先鋭化し、グアム人民共和国の独立を許してしまう。

 まさに国家解体の危機に瀕していたが、そこにアメリカ復興の為連邦軍の下支えをしていた財団が頭角を現し、AIに依存しきっていた米国民に対しAIに頼らないものづくりや農業を広めた(ヒューマン・ルネッサンスと呼ばれ、世界中に影響を与えた)。

 日本

 中印開戦時、日本のメディア(というよりほぼ中国メディア)はこぞって中国政府を支持しインド政府を批判的に報じた。国内では中国を「世界の警察」と崇める風潮が高まり、中国に軍事協力することが世界の平和になると信じられていた。
 戦争の影響でインド洋への海上交通が先細りとなり、国内で品薄が続出。配給があれば我先と押しかけて乱闘騒ぎになる事がしばしばであった(この時代、行儀よく列に並ぶ“日本人”はもう存在していないのである)。
 隣国朝鮮から度々嫌がらせ目的の弾道ミサイル攻撃を受ける為、ほとほと困っており、同盟国である中国に対し抑止力向上を求める。すると中国から抑止力向上の条件として「中日の一体性」と「世界開放戦線への協力」を求めてきたので、日本政府は駐留している中国軍の協力を得て、中国に軍事協力するための平和貢献隊を創設。「鬼畜米英打倒」をスローガンに多くの志願者を募った(この時日本族男児は徴兵対象にしており、日本族の別名「鬼子」から赤鬼政策とも呼ばれた)。そうして新設された平和貢献隊は中国の指揮の下、独立運動している米国領グアムに介入し、事実上の軍事占拠を実現する。

 なお環境政策として以前から進めていた再生可能エネルギ^開発で国内消費電力の50%を太陽光や風力で“名目上”賄えるようになった。ただ天候によっては供給が追い付かず、一部の家庭(少数民族)では停電の日が多いのが当たり前となっている。風車の多い地域では風車病が萬栄し、発電性能の落ちた太陽光パネル(中には中国や朝鮮から運ばれた廃棄パネルもある)があちこちで不法投棄されている。国土の1割がパネルで占められており、いくつかの山では毎年のように土砂崩れが起こる他、水源が無くなると言った問題も起こっていた(これが後に第三次世界大戦の引き金になる)。

 中国

 地方党員から始め、国家主席を経て皇帝に就任した慣遠鋭氏が亡くなった。国中が悲しみに暮れ記念日(本来ならば中国建国100周年が祝われる予定だった)が制定され日本をはじめ中国支配下にある国々から哀悼の意が伝えられる。しかし半年後、政府は慣皇帝復活を宣言する。なんとブルーブレインと人工知能とクローン技術の発展的統合によって、死者を蘇生させることに成功したのである。だがこの復活した慣皇帝は、主に生前の野心的な側面だけを受け継いでおり、「世界征服」を志向した軍事行動へより貪欲に追及することになる。
 経済は計画経済で一応の安定はしているが年々増大する軍事費にAIが度々警鐘を鳴らしていた。だが、オペレーターはこの不都合な警鐘を握りつぶし、中央政府には常に「健常」と報告していた。石油資源や核燃料資源は月面基地や極地開発によって潤っていたが、水不足は海水淡水化事業でも追い付かず日本の水源に依存するようになる。鉄不足も深刻化し鉄筋のないコンクリート建築が横行した結果、わずかな地震での倒壊事故が多発する。これに政府は一人あたりの居住空間を細かく取り決めることで強引に解決した(地域によっては一人一畳なところもあり、人民の不満が募っていった)。

 対印戦中、中国軍が常に優位を保ったことで超大国としての実力を誇示し、世界支配への大きな足掛かりを得ることができた。ただし、宇宙空間においては衛星の撃ち落とし合いが原因でケスラーシンドロームが発生。その影響で計画されていた軌道エレベーターは中止に追い込まれた他、宇宙大国中国の象徴である「天宮」にも大きな被害を被ってしまう(ただ、通信に関しては欧米で開発されていたニュートリノによる革新的な通信技術を買収したので問題なかった)。一方、海では停戦後もインドの交易を妨害し続け、インドを封じ込めることに成功したのだった。

 なおインドで流行った謎の感染症は中国軍が開発した「改造ウイルス」であり、東南アジアにおいて実験が繰り返されていた生物兵器である。高熱にうなされた末重度の障害を残す凶悪なウイルスで、解析したインドの研究者が報告書を無料で拡散することで暴露された(サイバー攻撃はその仕返しとも言われている)。この他に特定の人種を絶滅させる「ジェノサイドウイルス」の開発もされており、チベット人ウイグル人を対象とした実験で同民族の絶滅に成功する。さらに日本人やモンゴル人、そしてアングロサクソン系用のウイルスも完成しており、実戦配備へ向けた準備が進められていた。
 なお米国の内乱を受けて北京に移設されていた国連本部は、各国代表に対する中国当局の入国制限によって西側排除が鮮明となり、中国にとって都合のいい人材しか集まらなかった。米国の仮想国家「アメリカ人民連盟」が承認されたのはこうした背景があり、何を隠そう同勢力を裏で操って援助していたのである。グアムやハワイでも仮想国家による独立運動と反基地闘争を促し、日本と介入してグアムを事実上の支配下に置くことに成功する。西太平洋の大部分を手に入れた慣皇帝は残る南方の大陸に食指を伸ばす。

 統一高麗

 アジアにおける天然ガス需要の好調と弾薬生産量の向上により好景気になるが利益は全て高麗元首とその取り巻きの懐に入るので庶民の生活は全く好転しない。欲をかいた高麗元首は日本に対し核恫喝弾道ミサイル攻撃をすることで、賠償金のお代わりを繰り返していた。同時期に政府はアラブやアフリカ諸国への核弾頭の密輸計画を実行に移し、モンゴルにも核密売の話を持ち掛ける。これが後の世界核戦争を引き起こす元凶となる。

 東南アジア

 戦争でインド洋上の航路が一部制限されたことが影響してどの国も深刻な経済難に陥る。そこで少しでも外貨を得るため森の木々を切り倒し大量の木材として世界各国へ輸出した。しかしこれがもとで砂漠化が進行し、後の大干ばつにて日本産の水に依存するようになる。
 イスラム原理主義の活動が活発化し中国軍へのゲリラが多発する。中国政府は大幅な人員の増加と装備投入を強いられ、対印戦と合わせて軍事費が青天井となっていた。

 インド

 対中戦争での敗北によってインドはアンダマン・ニコバル諸島とアルナーチャル・プラデーシュ州とアッサム地域、カシミール地方全域を失う。中国軍による海上封鎖と謎の感染症も相まってインド国内の経済成長は低迷するが、むしろ同国民のナショナリズムに火をつけた。連邦軍には志願者が大勢押しかけ、復興を促進すると共に、再起へ向けた準備を着々と続けていく。
 また民間レベルでも多くの勇敢なインド人が小型船でインド洋に繰り出して密輸をしたり、東アジア新秩序管理下の船(中国共産党支部を社内に設置し東シナ海及び南シナ海の通行を許された交易船の事)を襲ったりと草の根の抵抗を続けていた。彼らの行動は結果的に中国軍のインド洋支配を正当化する口実となってしまうが、強権主義に抗する象徴として後の時代で語り継がれることになる。

 ロシア

 中印戦においてロシアは中国側に立ち、インドに対しては戦略資材を輸出禁止にするなどの対応をとった。実は同年ジーミルが老衰によって死亡し、(一か月間影武者による)隠ぺいが行われていたが、検閲の目をかいくぐって暴露記事が世界を駆け巡ったのだ。これによって抑圧されていたロシア国民が一斉蜂起する事件が起こり、クレムリンが事態の収拾に乗り出すもイエスマンだけで占められていた彼らにはまとめ役がおらず、同盟国中国の介入を必要とした。皮肉なことに念願の帝国を築き上げたこの国は深部までチャイナマネーに侵されており、事実上の傀儡でしかなかった。
 米国で起こった内戦に対し、中国から介入の要請があると新ツアリデント(ジーミルが可愛がっていた若者)は即座に行動した。没落したとはいえかつての超大国に真正面から戦争を仕掛けることに疑問の声が上がるが、もはや独裁者を止める仕組みは存在しなかったのだ。

 オーストラリア

 政府は中国軍のインド洋支配に懸念を表明し、中国政府に同海域の自由な航行の保障を求めるが無視される。この時、準同盟関係にあった米国は内戦の最中だったため、圧倒的な戦力差を誇る中国には相手にもされなかったのである。政府は万が一のことを考え、首都キャンベラやシドニーなど人口の多い都市に核攻撃を想定したシェルターを国家予算を割いて建設させた。
 一方、国内では長年続く干ばつにより水不足が慢性化し、日本からの水資源輸入が畜産業にとって死活問題になりつつあった。また、地方行政や企業において主要ポストを手に入れた中国移民が、母国の影響力を笠に着て傍若無人に振舞ったので、国民や他の国籍住民の不評を買っていた。

 中東

 アラブ諸国は大国イランに対する抑止力と、石油需要量減少に伴う体制維持の策として、必要最小限の核保有(統一高麗から密輸)が相次ぐ。これによって体制保証を口実に軍を中東に駐留(かつて覇権国だった米国の中央軍に対抗してシルクロード軍と名付ける予定だった)させ、一帯一路で形成した影響力を確固たるものにするという中国の世界覇権戦略が暗礁に乗り上げてしまう。

 しかし核保有は同地域に平穏をもたらさなかった。既に核保有国同士として緊張状態にあったイランやイスラエルが新参者の核保有国に度々攻撃を加え、いつ核戦争が起こってもおかしくない状況になっていく。彼らにとっては異教でも異端でも、新たに核保有国が現れること自体が脅威だったのだ。

 モンゴル

 モンゴル政府は長年、北朝鮮時代から交流のある統一朝鮮と良好関係にあり、年々増大する中国の覇権主義に警戒感を抱き、独立を守るためのパートナーシップを結んでいた。ある年、朝鮮政府から核密売の提案を受けるも、モンゴル非核地帯を理由に断った。しかし、これが「モンゴルが核密輸を計画している」という誤ったデマとして広まり、慣皇帝に目を付けられてしまう。

 

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(2019/9/9,10/2 本文一部加筆修正、12/3 リンク添付)

(2020/1/11 本文中一部修正、7/10 リンク追加、7/26 ブータン王国についての記述を追加、8/9 リンクを追加)(9/13 皇室に関する記述を変更)(9/25 中印海戦の舞台をアラビア海からベンガル湾へ変更)(2021/5/8 ウイルス兵器に関する記述を追加)(2022/4/3 シナリオと背景描写を大幅に手直し、6/9 主に米国内戦とモンゴルについて修正、10/3 シナリオを大幅に変更)