プーチンがウクライナ侵攻する真の目的

 皆さんこんにちは、北京五輪が終わって間もなくロシアが戦争を始めました。相手はウクライナ。このことは第二次世界大戦後で最も大規模で本格的な「侵略戦争」として歴史に刻まれるでしょう。今はもはや戦後ではなく「戦前」なのです。
 プーチンさんがウクライナを侵略する理由として「NATO不拡大」がよく日本のロシア通の識者からはよく取り上げられます。曰く「1990年のドイツ再統一の時に当時の米国務長官ジェームズ・ベーカー氏が当時ソ連だったロシアの党書記長ミハイル・ゴルバチョフ氏に『東方に一インチも動かさない』と約束した」と、ソ連崩壊後、バルト三国を始め、東欧諸国がNATOに続々と加入したのは「裏切り」だという話です(日ソ不可侵条約を真正面から破る国に「裏切り」なんて言う資格があるのか甚だ疑問ですが)。記事によってはこのことをもってしてあたかも西側が悪いかのようなニュアンスに誘導し、最後に「アメリカが戦争を煽っている」とまで書きます。

NATO不拡大」は口実に過ぎない

 しかしおかしな点がいくつもあります。まず東欧諸国の主権が全く無視されていること。加盟するかしないかは当事国の意思であり、それを「NATOの拡張主義」と言うのは言いがかりに近いです。次におかしいのはNATO拡大をロシアの脅威と見なしていること。NATOはあくまで集団安全保障で第二次世界大戦までの「軍事同盟」と異なります。加盟国が侵略された時に他の加盟国が共同で防衛をする組織ですから「侵略しよう」と思わない限り、脅威ではないのです。実際、ソ連崩壊後2000年代に入るまでのロシアはNATOに好意的で平和のためのパートナーシップに加盟しているほどです。

 ただここ十数年はロシアとNATOの関係が悪化していました。一番有名なのは2008年のジョージア南オセチア紛争で、独立後親米路線を行くジョージアに対して南オセチアがロシアの支援の下独立を強行した戦争です。この時ジョージアNATOに加盟する意欲を示していたことにロシアが強く反発していました。ジョージアの加盟を阻止するためにロシアが独立運動を煽ったとも見れるわけです。

 だとすれば三つ目のおかしな点が見えてきます。2014年以降、ウクライナドネツク・ルガンスクの分裂主義勢力(事実上ロシア軍が介入している)との紛争状態にあり、ジョージアの例を見れば、ウクライナNATO加入は既に困難な状況と言えます。

 さらに言えばNATO加入できていないジョージアは米軍やイスラエル軍と訓練したり、西側の兵器を導入したりと対ロシア防衛体制を固めていますし、同じく未加入国であるスウェーデンフィンランド欧州連合に加盟している関係上、有事・訓練時のNATO軍の通過を認めているため「NATO加入さえ阻止すればロシア安全保障はバラ色」とは言えないのです。

 以上を踏まえて考えればプーチンさんの言う米ソ冷戦時代のごとき「勢力争い」としての「NATO不拡大論」は時代遅れであり、もしロシアがNATOの脅威にさらされるならそれはロシア自身の対外政策の失敗としか言えないのです。

 プーチンさんの「妄想」

 ならどうしてなのかと言えば、それはプーチンさんの「妄想」によるものであると私は考察します。「妄想」と言ってもありもしないことを夢想するのではなく、これまで築き上げた権力を以てして、世界を自分の思い通りにしようとする「尊大な野望」という意味です。

 その妄想とはズバリ『ロシア帝国の復活』です。旧ソ連圏を再統合するばかりか、力の届く限り支配領域を広げ、自らが「皇帝」としてそこに君臨する。そんな妄想が彼の脳裏に鮮明に浮かび上がっているからこそ、一見世界を敵に回すかのような行動に出るのです。

 プーチンが「皇帝」を志す具体的な証拠を紹介しましょう。まず彼は2000年に大統領に就任(私は当時彼が「強いロシアを目指す」と言ったのが印象に残っています)して以降、現在に至るまで権力の座に居座って居ます。ロシア連邦の大統領職の任期は4年連続二期までを上限としていますが、プーチンさんは一旦首相の座に降りることでこれを回避し、2020年には上限カウントをリセットできるように憲法改正し、2024年以降も大統領で居続けるよう画策しています。

[モスクワ 11日 ロイター] - ロシアの上下両院は11日、プーチン大統領(67)の2024年の大統領選出馬を可能にする憲法改正案を承認した。プーチン氏が30年以上権力の座にとどまることが可能になる。
大統領・首相としてロシア政界に君臨してきたプーチン氏だが、現憲法では2024年に任期が終了する。今回の憲法改正が認められると、プーチン氏の通算任期はゼロになる。一方、後継者には2期の任期が適用される。(出典:ロシア議会が改憲案承認、プーチン2036年まで続投も,ロイター電子版,2020.3.12.,https://jp.reuters.com/article/russia-putin-idJPL4N2B50FC

 これには協力者もいるそうでコンスタンチン・マロフェーエフ氏という「オルガルヒ」と呼ばれる新興財閥(いわゆる貴族、ソ連時代におけるノーメンクラトゥーラです。因みに渦中のウクライナの親欧米政権前に権力を握っていたのはヤヌコビッチというオルガルヒでした)とのこと。彼はプーチンを終身指導者にするために「君主制」に移行させると公言しています。

 憲法改正手続きを経て、ロシアはプーチン大統領の「終身制」国家に移行する可能性が強いが、英紙『フィナンシャル・タイムズ』(3月13日)は、憲法修正の影の仕掛け人は、若手民族派新興財閥(「オリガルヒ」)のコンスタンチン・マロフェーエフ氏だと報じた。
 ウクライナ領クリミア併合にも関与した同氏は従来から、
「ロシアが直面するのは2018年問題ではなく2024年問題だ」
 とし、政権交代の危機を回避するため、プーチン大統領を「新ツァー(皇帝)」に擁立すべきだと述べ、「君主制移行」を公言していた。(出典:「新興若手財閥」の暗躍でプーチン「終身大統領」確立へ フォーサイト-新潮社ニュースマガジン,時事通信電子版,2020.3.24.,https://www.jiji.com/jc/v4?id=foresight_00302_202003240003

 かつて古代のローマ共和国が変質して帝政化したことはよく知られている話です。それと同じことが現代にも起こる……。にわかに信じがたい話ですが、既に終身大統領による独裁体制が敷かれたり、世襲を志向した国家体制をとりつつある国があります。他でもないロシア支配下だった旧ソ連諸国がそうなのです。

 例えばアゼルバイジャンソ連時代に共和国のトップを経験したヘイダル・アリエフ氏が独立後大統領として君臨し、2003年に病死する直前に息子のイルハム氏が大統領選で勝利する形で後を継いでいます。

 カザフスタンでもナザルバエフ氏がソ連時代から独立した以降も大統領の座に居座り続け、2019年に突然退任を発表すると共に側近のトカエフ上院議長を後継に指名しました。ただ、上院議長の座にはナザルバエフ氏の長女が就任したことから、彼女が「本命」でないかと言われております。

 そしてロシアと最も関係が深いベラルーシでは今のところ「世襲」の動きはないものの、同国元首のルカシェンコ大統領は婚外子のニコライをとてもかわいがっており、しばしば外交の場で同席させたりしています。彼は独立後に行われた1994年の大統領選以降長きにわたって大統領の座に居座っており、その強い権力志向から「ヨーロッパ最後の独裁者」と呼ばれています。2020年の大統領選挙では選挙不正を疑われ、翌年まで続く反政府デモが起こりました。

 子分(と元子分)の国々がこの有様なら親分であるロシアがまっとうな民主主義でないことは火を見るよりも明らかです。選挙戦で圧勝しているのも、ベラルーシのように何かあるのではと勘ぐってしまいます。実際反プーチンの政治家や批評家の多くが暗殺されています。いかにもKGB出身らしい「選挙対策」です。

 そして彼らは独裁国家同士で連帯しています。2011年、ロシアは既に関税同盟関係にあるベラルーシカザフスタンとの間でEUに近い統合組織「ユーラシア連合」を構想し、2015年には「ユーラシア経済連合」として正式に発足しました。

 この構想の中では人・モノ・サービスを自由に行き来させて通貨も統合させるそうで、欧州委員会をモデルにしたユーラシア委員会を設立するとのこと。プーチンは「ソ連の復活ではない」と強調していますが、ソ連の崩壊について「20世紀最大の地政学破局」と述べており、大国への未練を覗かせています。即ちこれこそが「ロシア帝国」の下地なのです。

 しかし現時点で参加しているのはベラルーシカザフスタンの他にアルメニアキルギスのみ。加えて中国の一帯一路と連携する程度です。プーチンの狙いはウクライナをユーラシア連合に加盟させることです。

 ただし経済の深い繋がりから政治的な連携に至るには政体の不一致は大きな障害になります。既に2020年に中国の香港で「一国二制度」が有名無実のものとなったことに象徴されるように、独裁主義が民主主義を淘汰する事例がポツポツ出始めています。

 プーチンさんもまた、公然と自由を否定する持論を出しています。西側でこんな発言したら「ファシスト」と呼ばれるレベルです。

[モスクワ 27日 ロイター] - ロシアのプーチン大統領は、自由主義(リベラル)的な価値観について、西側諸国の多くの人々が拒絶しているため、時代遅れのものとなったとの見解を示した。
プーチン大統領は27日付の英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙に掲載されたインタビューで、ドイツのメルケル首相は中東からの移民・難民に対しリベラルな政策を導入したことで基本的な誤りを犯したと指摘。
(中略)
その上で「リベラルな概念は時代遅れのものとなった。国民の大多数の利益と相反するものとなっている」とし、「多くの人々にとり、伝統的な価値観はリベラルな価値観よりも安定的で重要なものになっている。リベラルな価値観は消滅しつつあると考えている」と述べた。
(出典:リベラルな価値観は時代遅れ、西側諸国で拒絶─プーチン大統領=FT紙,ロイター電子版,2019.6.28.,https://jp.reuters.com/article/putin-idJPKCN1TS30S

 侵略に先だった21日の演説でプーチンさんはウクライナが「米国の植民地」などと言って「独立」さえ否定していますが、その本音は中国の香港問題と同じく民主化運動」によって己の政権が崩壊する発火点になる事を恐れているからなのですそして民主主義は帝国として国家統合するのに障害になるのです。皇帝を志すプーチンさんにとって「民主主義」は敵なのです

 だからウクライナ問題の解決策としてロシアの影響下にありながら民主主義を維持する「フィンランド化」を提案している方がいらっしゃいますが、そんな生ぬるい策プーチンさんが許すはずがありません(実際フィンランドソ連崩壊と共にいそいそと欧州に接近しています。先の「NATO不拡大」のレトリックに従えばこれも「裏切り」と見れるでしょう)。アゼルバイジャンカザフスタンのような親ロシアの世襲独裁国家になるか、中国の香港のようなロシアの直接統治下にさせられるかのどちらかしかありません。

 本当の原因

 プーチンさんが皇帝を目指しているとは言え、20年の権力の座に居続けた彼が一見無謀な行動に出るのは不自然なように見えます。「野心」だけではリスクが高すぎるのです。では何故戦争を決意したのか?プーチンさんが言うように「ロシアの安全保障」でしょうか?いいえ、先に述べたように防衛的組織であるNATOはロシアにとって直接的な脅威ではありません。勿論リビア内戦の前例もありますが、ロシアは米国と並ぶ核大国であり、相互確証破壊(MAD)を成り立たせているため、カダフィ大佐のようになる心配は限りなく低いでしょう。

 そもそも本当にNATOがロシアの脅威なら2004年にエストニアラトビアリトアニアの三国がそろってNATOに加入している時に強く反発しているはずです。かの三国はロシア国境とロシアの飛び地に接しており、ウクライナよりもモスクワに近いです。ウクライナにミサイルが置かれると騒ぐなら、この三国にもそれが言えることになります。実際ミサイル関係については軍事に詳しいブロガーさんが「キューバ危機」との比較を行い、ロシア側の主張が荒唐無稽であることを解説して下さってます。

news.yahoo.co.jp

 なら背景は何でしょうか?それはソ連崩壊後のロシアの経済力と軍事費を見ればわかります。まずは経済力の指標となるGDPと一人当たり所得の推移を見ていきましょう。

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(出典:ソ連崩壊から30年が経過したロシア経済の軌跡,三菱UFJリサーチ&コンサルティング,2021.2.9.)

 ソ連崩壊後ガクンと落ちていたGDPが2000年頃からうなぎ上りです。奇しくもプーチン政権が誕生した記事と重なっており、彼の支持率が高い一因ではあるようです。しかしそれも2014年以降はガクッと落ちています。何かわかります?そう、クリミア侵攻です。その当時の米国大統領オバマさんによって課せられた制裁がかなりのダメージになっていることがうかがえます。
 次に軍事費を見ていきましょう。ロシアの国防費は米国は勿論、中国にさえ及ばない規模ですが、その推移を見れば今回ウクライナ侵攻の原点が見えてきます。

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(出典:2019年防衛白書

 このデータは2010年からですが、こちらも右肩上がりです。経済力が上がれば当然ではあるものの、その伸び率は2011年から2016年の間は二桁台の伸びとなっています。特に2016年の国防費のGDP比は5.5!制裁による成長鈍化でも軍事費を上げ続けようとしていたのがわかります。

 ここからわかることはいたってシンプルで「経済成長と共に軍事力を増したから冒険にでた」ということです(これとそっくりな国があります。中国です!)。しかも2014年当時の世界はリーマンショックからようやく立ち直ったばかりで、米国ではオバマさんが「米国は世界の警察ではない」と言っていた時期でした。時を同じくして中国は我が国の尖閣諸島へ挑発を仕掛け、南シナ海への支配を広げていた最中です。ロシア皇帝を夢見る彼にとって「これはいける!」と思っても不思議はありません。実際、2014年にクリミアに侵攻し第二次世界大戦後、常任理事国として初の堂々たる力を背景とした国境書き換え」を成功させました。

 ここで湾岸戦争のように米国やNATOによる介入が入るのなら違っていたかもしれませんが、核保有国であるロシアと正面切って戦うことができない為、事実上の容認となったのです。唯一行われた経済制裁は確かにロシアにダメージを与えましたが、プーチン政権を崩壊させるまでには至らなかったのです。

 これに米国の世界へのコミットメントの低下が重なります。先に述べた「世界の警察を止めた」オバマさんに続き、アメリカ・ファーストのトランプさんがそれまで作り上げてきた国際協調を崩してしまいました。彼の言っていることは正論ではありますが、やり方が稚拙過ぎたのです。例えばNATO加盟国の義務であるGDP比2%の国防費が護られていないことを理由に米国をNATOから脱退させると表明しました。当然NATO諸国は動揺するわけで、フランス大統領のマクロン氏はNATOが「脳死」に至っていると発言し、物議をかもしました。

【11月8日 AFP】エマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)仏大統領は7日、英週刊誌エコノミスト(Economist)が掲載したインタビューで、北大西洋条約機構NATO)が「脳死」に至っていると発言した。これを受け、加盟国の間ではNATOの真価をめぐる議論が勃発。独米はNATOを強く擁護したのに対し、非加盟国のロシアはマクロン氏の発言を称賛した。(出典:NATOは「脳死」とマクロン氏 加盟各国が反論、ロシアは称賛,AFP通信日本語版,2019.11.8.,https://www.afpbb.com/articles/-/3253705

 記事にもありますがこの時、ロシア外務省の報道官が「最高の言葉だ」なんて言っているのが印象的です。だから今プーチンさんが「NATOの東方拡大」を深刻な脅威と主張するのが本心からとは思えないのです。
 そしてトドメにバイデンさんがしでかした、あの夜逃げのごときアフガニスタン撤退を見てプーチンさんはこう思ったのではないでしょうか?「ぼろきれを着たタリバン兵さえアメリカを追い出せるなら、俺らも行けんじゃね?

 これから始まるNATOの切り崩し

 厄介なのはこれが「最初で最後である」保証がどこにもないことです。ウクライナさえ生贄にすればロシアは満足するという主張は、1938年のミュンヘン会談の後起こったことを教科書で読み直すだけで論破できます。あれはチェコスロバキアのドイツ系住民の多いズデーテン地方の割譲を要求したナチスドイツに宥和した会談でしたが、そこで成立したミュンヘン協定は翌年のドイツのチェコ侵攻によって空文化しています。奇しくも今回のウクライナ問題においてもドネツク・ルガンスク両地域の高度な自治を求めたミンスク合意もプーチンさんの「独立承認」によって空文化しています。歴史は繰り返しているのです。

 そして私が注目したのは当初プーチン側がバイデンさんに対して「NATO東方不拡大を保証した協定」を求めたことです。冒頭で触れたNATOの「裏切り」のレトリックに囚われていると分かりませんが、これは軍事力を背景にした安全保障体制への露骨な干渉です。例えていうなら中国が軍事圧力をかけながら日米同盟に干渉するようなものです。もしこれを許してしまったら、次はバルト三国を離脱させろと要求したり、終いには「非核化」と称してNATOの米軍撤収を要請したりするでしょう。そうなるとNATOは「脳死」どころか「心不全」に至ってしまい、欧州全体がロシアの草刈り場になってしまうでしょう。

 ウクライナ問題はただの東欧の一国の問題ではありません。NATOの問題であり、同じく米国の同盟国の日本の問題でもあるのです。知らず存ぜぬをしていると、私が書いたシミュレーション戦記のように自分たちが「刈られる」立場となっているでしょう。

 

             シミュレーション戦記

 

 ロシアに関する見識を改めた新バージョンを製作中

            シミュレーション戦記2.0

 

(2022/2/24 ユーラシア連合に関する記述を追加、本文一部を修正、2/27 ベラルーシの記述を追加、5/13 民主化運動についてかけてあった取消線を消去)