未来の中越戦争(かなり手直ししました※エグさ増量につき閲覧注意)

※この作品は作者の独断と偏見によるシミュレーション戦記です。実際の人物、国、民族は関係ありません。

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■203×年 ベトナム動乱(第三次中越戦争

 南シナ海を中国に支配されて十数年、ベトナムでは沿岸域を中国船が我が物顔で通るのを同国民が苦々しく思っていた。ベトナム政府は中国に配慮して反中感情を抑圧し、交易を行うために通貨を人民元に換え、政府内にも中国共産党支部の設置を受け入れていた。その上一時的な中国軍艦の寄港まで認めており、快適な宿舎も提供するなど自国軍よりも優遇していた(あくまで政治ポストがベトナム人であり続ける為の苦肉の策だったと言われる)。

 ホーチミン運動

 だがある日、一人のベトナム人少女が中国軍人の暴行を受ける事件が起こり、反発した国民がベトナム最大の都市ホーチミン反中デモを決行し中国企業に対して破壊活動を行った(建国の父ホーチミン氏の肖像画が掲げられたことから、ホーチミン運動と呼ばれる)。中国政府が懸念を表明したので、ベトナム政府が軍をして鎮圧に当たらせるが収まるどころか、軍人の中からもデモへ参加する者が現れた。やがて運動はベトナム全土に波及し、中国に従属的な政権を倒すため軍民一体となって各都市の空港や港を占拠するに至る(一説には一部の軍事基地も占拠されており八月革命以来の革新運動と記録される)。

 スワームロボットと海兵隊

 これに焦ったベトナム政府が中国に支援を求めると、待っていたかのようにベトナム近海に展開していた南海艦隊が動き出す。まず、AI搭載型無人ステルス戦闘機「利剣」で反政府団体に占拠された軍事基地や空港を爆撃した後、虫のように小さい殺人ロボットを大量にばらまいた。ロボットはデモに参加していた民衆は勿論、取り締まっていたベトナム軍人をも攻撃し、ホーチミン市を始め各都市で阿鼻叫喚の騒ぎになる。更にそこへロボットのようなハイテク装備を施された中国海兵隊がなだれ込むように上陸し、自国民保護を口実としてベトナムを事実上占領下に置く(陸軍や空軍は極力参加させない。これは海洋大国を名乗り上げる為中国政府が計画した実戦訓練であり、ベトナム人少女を襲った中国軍人たちも当局の工作員だった)。この侵攻によりベトナム人百万人超が虐殺され、後にチベットウイグル内モンゴル天安門、香港、台北事件に続く悲劇と語り継がれることになる。

 ベトナム併合

 意図せず国土を占領された形となったベトナム政府は抗議するも、中国側は「ベトナム自治能力なし」と一方的に判断を下し破壊騒動の責任として同国国家主席を拘束。その後、自国高官らを臨時政府として配置し「後阮人民共和国」としての再建を目指したが、国際社会が承認しないと分かるや雲南省の管轄とした(後に南北分割して南側を後阮自治区とした)。中国軍の殺戮、支配を逃れようと数百万人規模のベトナム難民が海外へ移住を果たす(ベトナム難民問題。日本大使館にも多くの移住希望者が連日詰め寄った)。

 しかしその後、後阮自治区では迫害されたベトナム人による暴動やゲリラが頻溌するようになり、20年間にわたって駐屯していた中国軍を悩ませ続けることになる(後のベトナム正史ではこのゲリラ戦の期間も含めて第三次中越戦争としている)。

 米国

 ワン大統領以降、政治は混乱の極みにあった。大統領選におけるイデオロギーの対立と民族間の対立が過去に類を見ないほどの騒ぎになり、暴動やテロが頻溌する。ワン氏の後に当選した共和党のヒスパニック系大統領は強烈なチャイナパージを実行し、中国系のみならずアジア系の全てを政府の要職から追放した。西海岸の都市で実施されていたベーシックインカムを廃止させ、銃規制も解除させた。

 これにアジア系は勿論、アフリカ系、リベラルな民主党系の政治団体が反旗を翻し、サンフランシスコを中心に空前の国民デモを実施する。そして20年代から発展してきたメタバース内に仮想政府「アメリカ人民連盟」を発足させ、独自の通貨や法律を定めるなど連邦政府とは別の政策を実行に移した。これに保守派の国民が反発し彼らもまた仮想国家「アメリ自由連合」を設立する。この動きはアメリカ全土に広がり、他の移民コミュニティや北米原住民も巻き込んだ事実上の内戦状態に陥った(アメリカ・バーチャル戦争)。

 米国国内治安の不安定化を理由として国連本部はニューヨークからの移設が議論され、中国政府の後押しを受けて北京に移設されることが決定した。結果、中国の影響力がいよいよ強まり、同国によるベトナム侵攻は事実上黙認されたのだ。また、長きにわたる孤立政策によって米ドルは世界で流通しなくなり、国際金融市場においてもデジタル人民元が支配的地位に上り詰めていた(ただし中国支配下以外の地域では元の信頼も心許ない為、貿易商の間で独自の取引が行われていた)。

 なお国内企業も仮想企業にとって代わられて軒並み衰退していったが、一部のリアリスト財団による活動によって救済され、AIに頼らないものづくりや農業が一部の地域で続けられた。米国領土保全の為の活動も維持され、最低限の軍装備も維持された。特に重要視されたのは核抑止を維持するための原子力潜水艦で、かつての日本の技術を吸収して世界ハイレベルを維持していた。

 日本

 敗戦に伴い多くの日本人政治家が「軍国主義」の一環として粛清され、自民党など主要な政党は軒並み解党に追い込まれた。残ったのは中国と内通していた親中政治家らで結成された弱小政党だけだった。その空白を埋めるように台頭してきたのは東亜総連の支援を受けた東連党で、その多くが中国籍住民だった。この動きは地方でも起こっており、中国人(漢人)による実質的な日本の乗っ取りが完成しつつあったのだ。表向き上自由と民主主義を標榜しているが、中国を批判することは禁忌とされており、首相や大臣となりうる議員は毎年中国皇帝に面会が出来る者とされていた。

 学校教育は中国の意向に合わせた極端な虐日史観となっており、聖徳太子は存在せず「日出る国」の手紙はなかったことにされている。また元寇元朝の偉大なる"中華民族"の日本解放の試みとされ、朝鮮"侵略"では明に大敗した豊臣秀吉が三跪九叩頭の礼で反省したと教えられる。さらに明治時代の日本は天皇絶対王政を布いた「日帝時代の暗黒社会」を築いたとされ、第二次世界大戦の残虐で極悪非道な振る舞い(南京大虐殺では百万人以上虐殺し五十万人以上の女性をレイプしたことになっている)を指揮したのだと暗記させられる。そして東亜総連のチラシが配られ、天皇制廃止運動への参加が推奨された。

 ある年、今上天皇の娘内親王中国共産党主催の交流会で出会った中国共産党員と婚約していることが発覚。国内メディアや多くの住民が日中友好の象徴として肯定的に受け止める一方、一部の保守派の日本人は強く反発し彼女の皇籍離脱を求めるデモを開始する。政府はデモを「差別的である」として検挙し、彼らが将来皇位継承者として有望する傍系の親王をデモの扇動者と見なして逮捕。その後行方知れずとなる。

 国民が動揺と不安に苛まれる中、女性皇太子に指名された内親王が自らの皇籍存続を国民投票に問う「お気持ち」をネット動画にて表明(この時代、皇族のメディア露出は当局によって厳しく制限されていた)。それを政府は皇室の政治干渉として黙殺しようとしたが、逆に利用しようと言う中国軍部の助言を受け、天皇制の存続の是非を問う国民投票へすり替え、翌年天皇制廃止が国民投票により決定された。この時既に日本人は少数派に転落しており、その多くが民族としてのアイデンティティを失っていたのだ。

 地方では中国国営企業による土地買収が進み、中国籍の知事や市長が母国から積極的に移住者を招き入れたことで、自治体の住民のほとんどを中国人が占めている。日本人は「日本族」と呼ばれて差別と迫害の対象となっており、学校では日本子女に対する陰湿な虐めが横行する。また、政府や中国軍に目を付けられた日本人は悉く中国の秘密警察によって捕らえられ、裁判も無しに拷問・処刑されてその様子が動画配信でエンターテインメントとして公開されている。この時代、中国における日本人の扱いは、ウイグル族チベット族と同じか、もしくはそれよりも酷かったのである。

 日本人だけの妊娠・出産は禁止されており、発覚次第下ろされ死産させられる。中国系ハーフや朝鮮系ハーフなら生かしてもらえるが、差別と偏見の対象になるために安楽死を強制されることも少なくなかった。当然日本国籍の住民は急激に減少していくが、中国からの定期的な集団移住に加えて、台湾や今回のベトナム難民を大量に受け入れた事もあって、国内の総人口はむしろ増えていた。その代わり国内の外国籍住民の占める割合が全体の3割に迫るようになっていた(ちなみに中国系は6割)。

 経済は敗戦から奇跡的な復興を成し遂げるが好景気とは言えず、国内企業は経営のために組織内に中国共産党支部を受け入れて、度重なる干渉で経営不振に陥っていた。また、海洋資源の利用が制限されて日本の漁業は全滅し、代わりに中国漁船が日本の経済水域関係なしに漁をするのが当たり前になる。これによって日本の食卓から国産の魚が消えた他、稚魚も根こそぎ水揚げする虎網漁で、幾つかの魚種が絶滅してしまい魚食文化そのものも衰退していく。

 なお、とある中国国営企業は日本の水源を独占し、本国や世界中の国々に良質な水を輸出する事業で巨万の富を得た(対称的に水源を奪われた地域は慢性的な水不足に苦しみ続けた)。この水産業は今後の日本の中心的産業になると共に、後の第三次世界大戦の遠因となる。

 琉球

 本島では中国人の移民が増え琉球(旧沖縄県民)が人民全体の1割未満になっていた。学校では中国化教育が薦められ、琉球語は日本語や米語の影響を受けている為嫌忌された。また、歴史教育でも琉球処分は帝国日本が当時の中国から琉球を奪った事にされ(琉球族の祖先は漢民族であるという漢琉同祖説)、米国による統治は勿論日本への返還も非合法であったと教えられる。そして中日戦争のおかげで解放されたとして、毎朝琉球族の子供には北京の方角へ向かって感謝の文言を復唱させた。
 経済は中国同様計画経済となっており、ベーシックインカム制度が導入されている。しかし給付金を受ける条件として私有財産を制限され、政府が指定したアパートの住むことを義務付けられる。再開発は地方まで広がり、森が切り開かれて昔ながらの家屋も壊された。この強引な開発に残ったわずかな琉球族に不満が募っていた。

 そこへ、琉球政府が中国駐屯軍の要求を受けて基地の増築を決定した結果彼らの反発を招き、かつて米軍に対してやったような反基地闘争が始まる。琉球政府は彼らを「ヤマトンチュ右翼の残党」として容赦ない検挙を行った。だが、道路に(妨害のため)寝そべった老婆を若い中国軍人が意図的に装甲車で数度にわたりひき殺した事がきっかけで、とうとう全島規模で流血を伴う暴動に発展してしまう。
 こうなるといよいよ警察で対処できなくなった政府は非常事態宣言を発して中国政府に支援を要請した。要請を受けた中国政府はすぐに駐屯している中国軍を以てして暴動を容赦なく弾圧(琉球動乱。チベットウイグル内モンゴル天安門、香港、台北事件、ベトナムに続く虐殺事件)した。死者は数万人にのぼるとされる。

 事件後、中国政府は非常時の琉球が中国に統治を全委任する事を定めた中琉国家安全条約を結ばせる。条約締結後、既に非常事態宣言下の国内では生き残った琉球族への監視が厳しくなり国外への渡航禁止や出版禁止など、さまざまな制限が課された。地域によっては台湾やチベットへ集団で強制移住させられるケースが相次ぎ、純粋な漢民族に置き換えられていった。その後半年もしないうちに琉球族は絶滅し、漢民族だけの議会によって中国への編入が決定され、台湾省の一角に据えられた。

 中国

 年々の軍艦の増産の結果、海軍はかつての米国海軍を遥かに凌ぐ規模になった。しかし、それによって金属などの資源不足が深刻になり、帝政以前の産物である鬼城(過剰生産により建設が先行した計画都市で買い手がつかずにゴーストタウン化した場所)の無許可の解体、資材回収が相次ぐ。
 経済はAIによる計画経済の成功もあって、人民元が東アジアでの基軸通貨の地位を確たるものにする。宇宙開発も新たな局面を迎え、原子力スペースシャトルが開発された他、資源目的の月面基地小惑星資源採取も実現させて宇宙を事実上支配下に置く(軌道エレベータの建設計画もあった)。北極や南極の資源開発にも貪欲に取り組み、それが近隣諸国との軋轢をもたらしていた。
 留まることを知らない成長に世界中が称賛するが、その実情は8割以上が自動化されたAI企業によって支えられており、雇用市場は崩壊していた。そのため都市に住む人民はベーシックインカムに依存しており、皇帝と一部の共産党員以外は皆下流層になっている。教育も思想矯正が主たることとなり、人民の間で学問離れが深刻化し「我々は党とAIの言うとおりに生きればよい」という認識が一般的になる(この時代、中国のAIは個人の生活や人生も統制下に置いていたのだ)。
 一方、田舎に暮らす人民の生活は配給制によって支えられた。しかし、漢民族が常に優先されそれ以外は十分な配給を得られなかった。貧窮層を中心に不満が蓄積するが、この頃は銃武装した警察ロボットが常時配備されていたので、暴動の類はすべて鎮圧されていた(しかし、編入して間のない雲南省後阮自治区では警備ロボットの数が足りず、軍の介入を必要とした)。
 AIの開発が2030年代にひと段落したので、慣皇帝は医学分野での発展を指示していた。その結果、人工子宮が実用化して漢民族を中心に利用されるようになった。クローン技術の研究も行われており、皇帝が不老不死について研究させていると言う噂が流れる。一方、宇宙では天宮に増設された物資投下システム『天雷』が核弾頭の精密な投下に有効とわかり、兵器化への改修が進められていた。。
 対越戦中、南部戦区の陸軍に加え西部戦区の陸軍が中越国境に配置されていた。これは南海艦隊の拡充のために南部戦区陸軍の縮小が進んだ結果である。戦後、南部戦区軍はベトナム占領の任を得たが西部戦区は出番がなかったため、同戦区の政治委員は不満を募らせていた。しかし彼らの雌伏は後の対印戦で大いに報われることになる。

 統一朝鮮

 南部の暮らしも北部の暮らしと同じ位になり、人口も減って同程度になっていた。平壌では金一族とその取り巻きが相も変わらず贅沢三昧な暮らしをしており、毎年8月15日の光復祭では模擬弾頭のノドン弾道ミサイルを日本本土に打ち込んで祝っていた(日本ではその度に大騒ぎになっていた。模擬弾頭を使ったのは人道的理由が建前だが財政的事情が主である)。
 長年石炭を採掘していた産炭地がほぼ枯渇するが、メタンハイドレート採取事業を日本海全体に拡大することで、天然ガス生産量を大幅に増やしていた。そして中東やアフリカの国々と核密輸の商談にこぎつける。

 東南アジア

 東南アジア各国の主要港湾には中国海軍の基地建設が完了し、名実ともに中国の牙城と化していた。各海峡の通航が管理され、国籍を問わず中国共産党支部を社内に設置した企業だけが、南シナ海を通って交易することができた。これは中国政府が貿易を支配するだけでなく、デジタル人民元を世界的基軸通貨にするための信頼性を担保させる意味もあった。
 度重なる中国政府の干渉によって各国の自国通貨が完全に廃止され、中国のAIに支配された計画経済の一部にされていた。毎年のように新型ウイルスが発生し、なぜか原住民のみが感染する現象が起こっていた(アジアウイルスの怪。これがベトナム軍における戦闘力の低下をもたらしていた)。生産性を補うために受け入れた中国系移民によって土地が買い占められ、強引な開発が押し進められていく。政治面においてもタイやカンボジアでは君主制が廃止された他、多くの国で主要なポストは全て中国移民が牛耳っていた。それ故、中国人を優遇した政策が当たり前になっていた。

 なお、同諸国に駐屯していた中国軍は須らく治安維持も担うようになり、フィリピンではモロ・イスラム解放戦線と、インドネシアではジェマ・イスラミアと戦い多くのムスリムを虐殺していた。このことは中東や中央アジア、アフリカのムスリム達に警戒感を懐かせる要因となる。

 欧州

 欧州連合(EU)は総崩れになり、ユーロの信認が地に落ちて、独自の通貨が各国で使われるようになる(ある国は事実上の内戦に陥り、地域別に独自の通貨が勝手に発行される事態に陥った)。米国が内乱に陥ったためにNATO軍の抑止力が低下し、ロシアの公然とした侵略に曝されるようになる。加盟国であるバルト三国を征服された彼らは強く反発するも、米国の支援がない以上束になってもロシアに叶わない為、第5条に「非条項」を設けて全面戦争を回避した。
 同じ頃、エーゲ海を巡ってギリシャとトルコの対立が再燃し紛争が勃発。ロシアの支援を受けたトルコが同海域の島嶼を武力占拠し自国へ編入した。加盟国同士の争いNATOはさらに揺らぎ、各国が独自防衛を目指すようになる。

 ロシア

 西側の弱体化に反比例するように東欧へ勢力を伸ばすことを目論んでいたジーミル政権は、米国が内戦に陥ったことに乗じてついにNATO加盟国であるバルト三国にも攻め入りこれを征服する。大きな冒険だったが、米国無きNATOはもはやロシアの敵ではなく、事実上武力行動を容認させることに成功した。
 翌年、ジーミルはバルト三国を正式にロシアに編入、ユーラシア経済連合の構成国にも国家統合を迫り、ユーラシア帝国として世界に名を轟かせた。

 中東・アフリカ・中央アジア

 この時代、アラブ諸国には核保有し大国へと成長したイランに対する警戒感が高まっていた。特にサウジアラビアでは石油消費量の減少(2021年から始まった脱炭素政策が原因)による年々の石油生産量の減少から、体制維持にも不安が出始める。そこへ長年一帯一路で経済支援してきた中国が軍の駐留による体制保障を打診してくるが、同国軍のムスリムに対する虐殺を見ていた各国は受け入れに消極的だった。その時統一朝鮮から核兵器の密売を持ちかけられ、多くの国々が興味を持つ。

 一方、中央アジアではアフガニスタンタリバン政権が体制維持のために中国軍の駐留を受け入れていた。アフガン国内で新たなイスラム過激派組織が活発化していたのだ。また中国と準同盟関係にあったパキスタンも、拡大するインド海軍に危機感を抱いて中国との関係を一層強める。同国は十年前に中国から正規空母遼寧」と殲15艦上機の供与を受けていたが、艦上機の発艦重量が乏しい上艦そのものの維持費が嵩んで満足な運用ができずにいた。すると中国はパキスタン政府にさらなる軍港の拡大を提案し、そこを新設の南西海艦隊の拠点にするとした。この大きな軍事シフトが後の中印戦の原因となる。

 インド

 インドでは年々中国海軍の動きに警戒感を募らせ海軍を着実に増強させていたがその歩みは遅かった。ロシアが国家として破綻したことで、約束していた次世代戦闘機の技術移転が受けられず、度々萬栄する謎の感染症(中国軍の仕業)によって開発にも支障をきたしていた。そのため苦肉の策として、旧世代の戦闘機や対艦兵器を国産化し沿岸域やアンダマン・ニコバル諸島に多数配備して独自の接近阻止・領域阻止を構築しようとしていた。また中国の宇宙兵器に対抗するための対衛星兵器や戦術核の開発も進められていた。

 外交では対中を睨み西側の協力を仰ぐが色よい返事は貰えず、長年の中立政策が災いして孤立を余儀なくされた。また、債務で中国に海軍基地を建設されたスリランカと秘密裏に会談を開くが具体的な対応策は決められず、パキスタンとも対立が深まるばかりだった。ブータンに対する中国人の浸食も問題視されたが、インドが直接介入することはなかった。

 

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ハトヤブのシミュレーション戦記 

 (2019/9/19,10/2 ,11/15 本文一部修正、12/3 リンク添付)

(2020/1/11 見やすく修正、5/25 本文一部加筆、6/25 琉球に関するシナリオを推敲、7/10 リンク追加、8/9 リンクを追加)(9/13 皇室に関する記述を変更)(2021/5/8 ウイルスに関する記述を追加)

(2022/2/17 日本政党や皇室について手直し、画像を追加、2/28 各国の状況についてかなり手直ししました、4/3 内容を加筆修正、6/9 欧州とロシアの記述を変更、米国内戦について修正、6/15 欧州とロシアに関する記述を変更)