ルビコン川の対岸で足踏みする文政権

 11月22日満で失効するはずだった日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)は韓国政府の土壇場の判断で継続となりました。同盟国であるアメリカの圧力をうけたからでしょう。これまでひたすらに日本にやれ輸出管理規制の厳格化を撤回しろとか、所謂元徴用工(元募集工)の賠償のために基金を作れとか言ってきたわけですが、安倍首相の戦略的忍耐によって安全保障を交渉カードにすることを阻止できました。こういった「何もしない」ことによる首相の外交成果は中国が一方的に主張した尖閣諸島問題以来でしょう。

 おそらく保守言論人や保守ブログが文政権の敗北と詰って嗤うでしょうが、私はこれで日韓関係が好転するとは思いません。むしろさらに悪化していくでしょう。というのも彼らはGSOMIAの破棄を通告した理由として日本の輸出三品目の管理規制の厳格化を主張していましたからね。つまり先ほども触れましたが彼らは日韓二国間の安全保障を交渉カードにしようとしたのです。

青瓦台(チョンワデ、大統領府)の雰囲気はGSOMIAを今すぐではないにしろ「検討可能な」対日カードとして見ている。一応のところ、GSOMIAが韓国の安保必要性というよりは日米の必要のために締結されたという認識が根底にある。                  (出典:米国「GSOMIA揺さぶるな」韓日双方に警告,中央日報日本版,2019年7月16日,https://japanese.joins.com/JArticle/255554

 この青瓦台……文政権の安全保障観の非常識さはすでに他の保守言論者が批判済みですね。いくら歴史認識問題があろうとも準同盟国間の安全保障体制を損じることは自分の国益にならないと。これは日本の対韓外交においても常に言われてきたことです。

 ならなぜ文政権はGSOMIAを対日交渉カードにしようとしたのか?反日にかぶれて血迷ったといえばそこまでですが、もし大局的な戦略の中での行動なら日本は笑って居られない事態であると私は考えます。

 すでに賽は投げられた米韓関係

 韓国関連に少しでも興味を持っていれば今回のGSOMIA騒動で初めて米韓関係が損なわれたと思う人はいないでしょう。何しろここ数年韓国は米国を裏切り続けているのです。

  • 2015年 リッパート駐韓大使襲撃事件
  • (同年) アジアインフラ投資銀行参加
  • 2016年 南シナ海判決に対し米国と歩調を合わせず
  • 2017年 一帯一路サミット参加
  • (同年) 環境影響評価を理由にTHAAD配備を遅延
  • (同年) THAAD追加配備拒否を含む「3NO」を宣言
  • (同年) 米韓国防相の共同声明を一部否認した中韓合意文を発表
  • (同年) 米韓首脳会談の翌日、共同発表文の一部を否認・削除
  • 2018年 平昌五輪に乗じて南北親善を演出
  • (同年) 圧力姿勢の米国を出し抜いて南北首脳会談

 文在寅政権の始まりが2017年5月からですから上記のうち上から三つは前任の朴槿恵政権です。その頃からすでに対中傾斜が強まっており、文政権が始まってからは北朝鮮にも融和的です。そもそもGSOMIA破棄自体が中朝との関係を重視した結果でもあるのです。

 その為、米国はとっくの昔に韓国を見限っています。韓国ウォッチャーの鈴置 高史氏は2017年の時点でもはや米国が韓国を同盟とみなしていない可能性を指摘しています。

トランプ政権は――米国の金融界は別として、安保の専門家は韓国を同盟のネットワークから外すことは織り込み済みと思います。

 北朝鮮と対峙する今現在は、米国は韓国との同盟が堅固なものと見せたがっている。北朝鮮への圧迫を最大限に強めるためです。しかし、北朝鮮の核問題を片付ける過程で「韓国放棄」カードを切る可能性があります。

(出典:鈴置 高史,早読み 深読み 朝鮮半島「米国はいつ「韓国放棄カード」を切るのか」,日経ビジネス,2017年11月1日,https://business.nikkei.com/atcl/report/15/226331/102500135/?P=5

 これを裏付けるのは2018年6月にシンガポールで行われた米朝首脳会談の共同声明に盛り込まれた「朝鮮半島の完全な非核化」です。これは北朝鮮の非核化と共に核保有国である米国の半島不関与も意味します。つまり在韓米軍の撤退であり米韓同盟の解消です。

 もし米国が北朝鮮の非核化と引き換えに米韓同盟解消を約束しているとすれば、韓国にとっては死活問題です。しかし文政権はそれを問題視するどころか、自ら進んで後押ししているように感じます。

 受け身を装った同盟破壊

 それは文政権がわざと米国から愛想をつかされ、出て行ってもらおうとしているからです。左派運動家の集まりである彼らが南北統一を目指していることを知っている人は多いでしょう。その実現の障害になっている(と彼らは考えている)のが在韓米軍であり米韓同盟です。

(前略)文在寅政権が同盟破棄を言い出せば、韓国の保守や普通の人、あるいは左派の一部も反対するでしょう。米国を分断の元凶となじる韓国人にも、米国に守ってもらいたい人が多い。

 だから文在寅政権は米国から同盟破棄を言わせるよう仕向けているのです。

(出典:鈴置 高史,早読み 深読み 朝鮮半島「米韓同盟消滅」にようやく気づいた韓国人,日経ビジネス,2018年12月7日,https://business.nikkei.com/atcl/report/15/226331/120600206/?P=3

 

 この理屈で考えれば昨年後半から矢継ぎ早に繰り出された反日行動(徴用工判決、レーダー照射、天皇陛下侮辱)も同じ目的が含まれているとわかります。対北朝鮮で米軍が動くには日本の米軍基地が欠かせませんから、日韓関係が悪ければ悪いほど米軍は動きにくくなるわけです。GSOMIA破棄の口実に日本の輸出管理規制改革を主張したのも、政権が米韓同盟の破壊を意図してないように見せかけたのでしょう。

 追い風となるトランプ旋風

 とはいえ米国は勿論のこと韓国の保守派も文氏たちの意図に気づかないわけはありません。少し前なら廬武鉉政権同様米国にも韓国国民にも見放され、レームダックに陥った末に任期終了もしくは弾劾されていたことでしょう。

 しかし先ほども触れたように米国は韓国を同盟国と見なしていません。さらにアメリカファースト(米国第一主義)を掲げるトランプ大統領は自国に直接的利益のある外交を推し進め、他方で利益にならない同盟や国際協調をないがしろにしています。

大統領就任初期にTPP(環太平洋経済連携協定)の離脱を決めたトランプは、高性能兵器がアジア全体に拡散しようとしている時に、同盟関係の構築に背を向け、イラン核合意から離脱しINF全廃条約を破棄するなど、軍事力の抑制に必要な国際管理の枠組みを弱体化させた。

アメリカと同盟関係にあるアジアの国々との信頼と暗黙の理解も著しく損なわれた。信頼性は、大国や指導者にとって最も重要なものだ。(出典:ロバート・カプラン,アジアに、アメリカに頼れない「フィンランド化」の波が来る,ニューズウィーク日本版,2019年9月2日,https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/09/post-12900_3.php

 そこからわかることはトランプ政権は同盟の維持に関心がないということです。先のシリア撤退がトルコ軍のクルド人攻撃を招いた時もトランプ氏は「クルド人第二次世界大戦で米国を助けなかった」と強弁して正当化しています。

 米国の同盟国にとってトランプ氏のこうした態度と行動は「見捨てられるのではないか」という疑念を生じさせるには十分です。特に台頭する中国やロシアの周辺国は米国との関係を見直す必要に迫られます。そしてそれは同盟を破壊したい文政権の追い風になっているのです。

 絶好のタイミングを計る文政権

 しかしながら結果的に文政権はGSOMIAを破棄しませんでした。その理由としてクーデターや金融制裁のリスクなどが考えられますが、私は米朝対話が停滞しているのが最大の原因だと考えます。

米朝協議が停滞する中、北朝鮮とロシアの外務次官級の戦略対話が初めて行われ、協議のあと、北朝鮮のチェ・ソニ第1外務次官は「われわれはアメリカとの首脳会談に関心を持てない」と述べ、米朝の首脳会談に否定的な姿勢を改めて示しました。(出典:北朝鮮次官「米朝会談に関心持てず」ロシア接近で揺さぶりか,NHKニュース,2019年11月21日,https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191121/k10012184951000.html

 何が何でも核を手放さない北朝鮮と対話で非核化を促したい米国のせめぎ合いです。しかし2017年から2018年にかけて米国がやってきた経済・軍事両面の圧力は「北朝鮮を交渉の場に引きずり出した」印象を世界に与えましたが非核化への具体的な糸口はつかめずにいました。そして2020年に大統領選を控え、ノーベル平和賞にも関心を示しているトランプ氏は事実上軍事オプションが取れにくくなっています。

 だから文在寅大統領と左派政治家らは同盟を壊さないぎりぎりのラインで足踏みを続け、トランプ氏がノーベル賞欲しさに妥協する瞬間を待っているのです。もし妥協が通って北朝鮮が核保有国として認められれば、普通の韓国国民は核の恐怖を前に統一に同意せざるを得なくなってしまいます。

北朝鮮が「我々に逆らったら核攻撃するぞ」と韓国を脅すのは確実です。韓国の左派はそれに呼応し「北の核に頼ればいいではないか」と言い出すでしょう。

 保守派も普通の人の中からも「北から核で脅されるよりは、北の核に守ってもらう方がまだまし」と考える人が出てきます。(出典:鈴置 高史,早読み 深読み 朝鮮半島 北朝鮮核武装を望む韓国,日経ビジネス,2018年9月4日,https://business.nikkei.com/atcl/report/15/226331/090300191/?P=4

 そうして晴れて成立した統一国家は核保有国ですから、中国やロシアと対等までいかずとも一方的に搾取・隷属させられることを回避することができます(代わりに元韓国国民が金一族に搾取・隷属させられることになりますが)。

 まだまだ続く反日政権

 以上のことから韓国にとってGSOMIA騒動で米国の信頼を失う云々は「今更の話」であり、文政権は対日カードとして不発という程度の認識でしかないでしょう。今後彼らはまたレーダー照射や天皇陛下侮辱のような挑発を仕掛けてくると思います(それが支持率回復にもつながります)。ひどい場合は差し押さえられている日系企業の資産現金化を強行するかもしれません。米韓同盟が自壊するまでの間、彼らは日本を通して米国を困らせるついでに「日韓併合時代の清算」を実行しようとしてます。もし安倍政権が気を使って譲歩したところで、慰安婦合意のようにひっくり返されるのは目に見えています。

 譲歩してもダメ、突っぱねてもダメ……。戦後日本外交の限界が近づきつつあることを真剣に考える必要に迫られているのです。

 

 韓国の行く末も独断と偏見で大胆予測。ハトヤブのシミュレーション戦記はこちら

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