中日戦争

※この作品は作者の独断と偏見によるシミュレーション戦記です。実際の人物、国、民族は関係ありません。

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■203×年 中日戦争

 日本では長引く不況の最中、西日本大震災や富士山の大噴火からの復旧に追われていた。相次ぐ復興増税と緊縮財政に国民の不満は高まり、政局は混乱を極めていた。政権は自民党に戻っていた(四階内閣。親中派で名高い有力議員の御曹司が首相を務める)が野党連合時代に法蓮政権が施行した外国人参政法により地方では中国籍の知事や市長の誕生が相次ぐ。雇用状況は一向に改善せずAIの導入によりさらに減った就職口を日本国民と外国籍住人が取り合う形になっていた。団塊世代の多くが亡くなり、若者でも貧窮による自殺者と毎年のように現れる新たな感染症による病死者が増えたことで平均寿命が年々降下している。

 琉球独立宣言

 ある年、米国から日米同盟の見直しが打診され、沖縄をはじめ国内の大部分の米軍基地返還が決まり在日米軍の大幅な縮小が始まる。沖縄の米軍も縮小されるということで県内は喜びに沸くが、同時に沖縄振興予算の大幅削減を政府が画策しているという報道が波紋を広げ反政府デモが巻き起こる。
  そんな中、ドニー氏の後に就任した中国籍知事は中国からの支援を受けると主張し、日本からの独立を問う住民投票を実施。賛成票を過半数得たことで「琉球民共和国」として独立を宣言した。これを受けてすぐさま中国政府が支持を表明し、ロシアや統一高麗もそれに追随した。
 他国の承認を受けて自らを国家主席と称した中国籍知事は四階政権に対し、一年以内の国家承認と出先機関の引き払いを要請する。これに対し政権は住民投票に法的拘束力がないことを理由に一蹴するが、知事は国籍不明の武装集団(中国の特殊部隊)を密かに招き入れており、各省庁や県警を制圧し、多数の役員を人質にとって同じ要求を繰り返した。動揺した政府は自衛隊発足初の治安出動を決定するも「現場待機」を厳命して様子を伺う。
 すると中国政府が日本の行動を“不当な軍事干渉”と非難。日本政府に対し24時間以内の自衛隊撤収を要求し、応じない場合軍事的懲罰手段に出ると恫喝した。中国海軍の複数の艦隊が先島諸島周辺と宮古海峡に大々的に展開し、その上空を中国空軍が警護して事実上宮古島以下先島諸島尖閣を除く)を包囲する。四階政権は遺憾の意を示しつつ、自衛隊を待機させたままなおも静観の構えを取った。

 

 

 中国軍機侵犯と威嚇爆撃

 24時間後、警告通りに中国空軍の爆撃機H-6が単機で沖縄本島へ領空侵犯し、スクランブルした空自機の目の前で堂々と爆弾層を開いて那覇基地に限定的な空爆を行った(投下された爆弾の威力も少なく、被害は殆どないため単なる威嚇と評された)。空自機の3度にわたる警告射撃の末、いったん領空を出るも再び侵入を開始し、乗員脱出後に機内で不審な爆発を起こして墜落した(日本を挑発しわざと撃墜される任務を担っていたため、片道の燃料しか積んでおらず、意図的な被弾を演出していた)。日本メディアは自衛隊機が中国機を撃墜したと大騒ぎし、これに便乗する形で中国メディアも大騒ぎした。

 超限戦

 この騒動を契機に慣主席は「日本が軍国主義を振りかざしわが同志琉球独立の阻止に動き出し、我が国に戦争を仕掛けてきた」として強く非難、日本への制裁として、中国国内に出張している日本人を全て拘束するよう命じた。また、南シナ海を航行する日本国籍の船や、日本へ向かう商船を検閲し交易を寸断させる。そして、日本中のネットワークに総力的なサイバー攻撃を仕掛け交通や金融システム、電話線やネット回線、日本テレビ放送(NHK)を除いた報道局を全て機能不全に陥らせた。

 さらに地方では中国籍知事・市長らが母国の国防動員法に基づいて中国政府との共闘を宣言、同族の労働者や留学生を焚きつけて国会前や自衛隊基地前で大規模な反戦デモを行う。この動きに東亜総連は勿論のこと日本共産党をはじめとした左派日本人団体も参加し、警備隊や保守系団体と衝突して乱闘や破壊活動に発展した。

 日本中がパニックに陥った時、慣主席がNHKを通じて「第二次世界大戦の反省を覆さず、敗戦国としての地位を永久に受け入れよ」と日本国民に降伏を促す。そして琉球とその周辺海域に対するあらゆる権益の放棄を要求し、応じない場合は核の火によって攻め滅ぼすと脅した。事実上の対日宣戦布告である。

 先島諸島占領

 四階政権が対応に困っている間に、沖永良部島久米島宮古島、そして沖縄本島与座岳分屯基地の各対空レーダーが殲20ステルス戦闘機の放った対レーダーミサイルによって全て破壊された。

 次に那覇基地へ戦闘機を随伴した複数のH-6が接近し、多数の巡航ミサイルを発射して滑走路を今度は徹底的に使用不能にする。本島周辺に待機していた護衛艦隊も、H-6のミサイル攻撃に晒られたが、こちらは持ち前の防空性能を駆使して汎用護衛艦一隻を失いながらも生き残る。しかし、防衛出動が発令されてない上、空自の支援のない中での戦闘には限界があるので沖縄近海から動けなかった。

 初手の打撃で日本の即応体制を封じた中国海軍は、意気揚々と与那国島から宮古島までの先島諸島全島へ軍事侵攻し、与那国島石垣島宮古島自衛隊駐屯地を攻撃した。駐屯地の陸自と空自隊員たちは本土からの支援もなく、発砲も許されないまま上陸してきた中国軍と戦う羽目になり、その多くが戦死し生き残った者は捕虜になった。

 一方東京では四階首相が緊急事態宣言を発動するが、米国が中立を宣言していたため肝心の防衛出動を決意することができず、中国軍が日本の領土を占領するのをただ見るばかりだった。

 対艦弾道ミサイル、ステルス爆撃

 沖縄本島うるま市の沖縄基地で護衛艦隊が空自の立て直しを待っている時の事。南西の空の彼方から突如極超音速飛翔体が飛来し、護衛艦隊のミサイル防衛網を突破した。実は護衛艦の動きはすべて中国軍の偵察衛星「神眼」と無人偵察機「雲影」で筒抜けであり、そこに改良型東風21対艦弾道ミサイルを発射していたのである(初の極超音速対艦弾頭ミサイル攻撃。これによって米国のミサイル防衛システムへの信頼が地に落ち中露の兵器が世界を席巻するようになる)。クラスタタイプの榴弾により護衛艦隊のヘリ空母を含む七隻は戦闘不能に陥った。また、佐世保基地には新型ステルス爆撃機であるH-20が急襲を仕掛け、放たれた誘導爆弾によって停泊していた艦艇を葬った上に弾薬庫誘爆で住民をも巻き込む大騒ぎを起こした(実戦におけるH-20のステルス性試験の思惑があった)。

 琉球開放戦

 ここでようやく首相が防衛出動を発令したが時すでに遅く、先島諸島を難なく占領した中国軍はいよいよ沖縄本島への侵攻を開始する。戦闘ヘリと空てい部隊を那覇市に突入させ、本島で治安出動していた自衛隊員たちをピンポイントで殺害していく。反戦デモと戦争への恐怖でパニックになる住民たちを宥めていた隊員たちが標的が自分たちで戦えば住民たちが巻き込まれると考え、部隊の全員が一斉に中国軍へ投降する。そのあまりのあっけなさに流血戦を覚悟していた中国軍兵士はたいそう驚いた。

 ロシアの参戦

 戦後日本初の防衛出動のまさかの空振りにひどく動揺した四階首相は生き残っていた通信を通して、中国政府に停戦を申し入れる。しかし停戦の条件に琉球の独立と南西諸島全域の主権放棄、自衛隊の縮小、日本本州での中国軍の駐留を要求され、交渉は難航する。

 停戦交渉をしている間、突然北海道の北空エリアの千歳基地以下各空自分屯地と、第二警備地区および第五警備地区の各陸自駐屯地が爆弾を搭載した無数のドローンによる襲撃を受けて壊滅的な被害を及ぼす。それから間を置かずにロシア軍が北海道へ侵攻を開始、陸自の北部方面隊と戦闘を開始する。中国も一方的に交渉を打ち切り、艦隊の揚陸部隊を沖縄本島へ侵攻させて揚陸作戦を開始し、未だ投降していない自衛隊に攻撃を仕掛けた。この時日本の潜水艦が中国艦隊を射程に収めていたが、停戦交渉をしていた官邸の命令により攻撃を禁止されており、動くことはなかった。

 中国の交渉の打ち切りと突然のロシアの攻撃に四階首相は強く非難を表明するも、同時に自衛隊全部隊に戦闘停止を指示する。これが現場の隊員たちへの支援を滞らせる結果を招き、戦った隊員たちの多くが捕虜になったり戦死したりした。

 朝鮮の核

 早くも敗戦濃厚の雰囲気になっている日本政府に留めの一撃が振り下ろされる。なんと突然統一高麗連邦の支援を受けて、これまた住民投票によって対馬市が独立を表明したのだ。高麗政府は対馬の独立容認と独島(高麗人が勝手に竹島につけた名前)の永久放棄を要請し、応じなければ破滅的懲罰を与えると横柄な電報をよこす。四階政権は沖縄の時同様、法的拘束力がないと拒否。

 すると黄海に潜んでいた同国の原子力潜水艦から潜水艦発射ミサイルが発射され、東京の新宿区に着弾し辺り一帯を焼け野原にした。爆風は千代田区にも達し、国会議事堂や皇居、靖国神社にも被害が及んだ。(日本にとってはビキニ諸島沖を含め四度目の核被害である)

 日本の孤立

 三か国の理不尽な攻撃に曝された日本政府は不当な主権侵害を主張し国連安保理への招集を訴えたが、国連の動きは鈍かった。ようやく米国が仲介役として安保理事会は開かれたものの中国側は「琉球独立はカイロ宣言によって認められた正当かつ核心的利益だ」と主張し、沖縄の故オナカー元知事やドニー前知事の発言を引き合いに出して「琉球は日本政府によって不当に虐げられている」と日本を批判した。
 ロシアも中国に同調しヤルタ会談を引き合いに出してスターリンルーズベルトの「密約」として北海道の領有権を主張。クリル諸島(ロシアが勝手に命名した北方領土)同様に日本の「圧政」から「解放」されるべきだと豪語した。そして高麗もここぞとばかりに日本を罵倒し、対馬と独島の領有権を主張すると共に「日本は未来永劫我々に謝罪し贖罪し続けるべきだと吐き捨てた。
 頼みの綱の米国も中国側の意見に追従したため、安保理事は一方的な断罪劇のまま終わり日本は何処の支援も受けられず孤立へ追い込まれた(独善的な枝本談話の影響で国際社会での日本観が悪化していたのが原因)。

 国際世論で優位に立った中露高は日本へ改めて当該領土の放棄を要求。応じなければ各国の保有する核兵器でもって一人残らず殲滅すると、国際社会の面前で堂々と恫喝した(三国核恫喝と呼ばれる。この出来事によって核廃絶の思想は死滅し中東の核ドミノや第三次世界大戦後の南アメリカやアフリカでの核ドミノを引き起こした)。もはや逆らうことのできない日本代表は三国に対して正式に降伏を表明し、要求を無条件に飲むことに合意したのだった。

日本の降伏・琉球独立

 その後北京で行われた中日講和条約(北京条約ともいわれる)をもってして日本は沖縄と対馬の独立を正式に認め、北海道稚内市から釧路市までの北東部をロシアに割譲した。当該地域では戸惑いの声が溢れており、日本国への帰属を求める人が本土への移住を希望した(南西諸島・対馬島・北海道北東部住民帰国事業)。

 この戦いで日本は数千人規模の自衛官殉職者を出した他、民間人にも500人超の死者を出していた。本土占領や完全武装解除こそ免れたものの自衛隊の大幅な縮小を余儀なくされ、各地の港への中国軍艦の寄港を無期限に認めさせられることになった(中日軍事協定。後に日中同盟と呼ばれる)。さらに琉球処分と朝鮮統治時代の賠償として20兆円を数十年にわたって琉球と高麗にそれぞれ支払う事になり、外国企業や移民の受け入れも無条件無制限に認めさせられることとなった。こうした戦後の日中関係はかつての日米関係と類似した形となり、中国の西太平洋覇権拡大に大きく寄与する事になる。

 

 米国

 2期目に入ったワン大統領(中国の選挙干渉が再度疑われるがその声は黙殺される)が側近やFBI長官、最高裁判事、CIA長官に同じ出身国者ばかりを指名し、議会を無視し大統領令を連発する強権政治を行った。そして中南米からの不法移民に厳しくする一方で中国からの移民を厚遇し、中国系市長や州知事の選挙戦をあからさまに支援するなど同族贔屓を繰り返す(台湾住民の亡命を助ける意図があった)。また、導入を公約していたベーシックインカム制度も中国系が多い都市と西海岸の州に"試験的に"導入したまま進展させなかった(財政的な理由が大きい)。
 当時国内経済はAIによる自動化を背景とした雇用崩壊に陥っており、それも相まってワン大統領に対する国民の不満は頂点に達しつつあった。主要メディアは「我が国は中国人に乗っ取られ、滅ぼされようとしている」と批判し、往来では中国人に対する銃撃事件が多発する。これにワン大統領は「レイシズムと銃犯罪は許さない」と宣言し批判したメディアを締め出し、銃犯罪防止策として連邦軍所属以外は銃器所持を一切合財禁止する大統領令を発令した(これに全米ライフル協会と一部の保守派が反発し各州に合衆国連邦脱退の請願書を送る)。
 中日戦後、両国が軍事協定を結んだことを区切りに米国の西太平洋におけるプレゼンスは完全に失われた。同盟が解消されたことを受けて当局は日本に有償供与していた兵器の返還を要求したが拒否される部品供給を停止させる。さらに中央情報局(CIA)が技術流出阻止のため日本国内に入り、一部のブラックボックスを回収・破壊した。この時、中国の買収を逃れた日本の潜水艦技術と技術者を獲得しており、密かに原子力潜水艦の改良などに活用された(海自潜水艦技術者亡命事件)。その後は円急落による国際金融市場の混乱(21世紀世界恐慌)のあおりを受けながら、AIの規制や安価な外国製品の輸入制限、労働移民の規制など孤立政策を推し進めていく。

 なお国民の大部分は中国と同じ日本観を抱いており、此度日本に降りかかった災難は「過去の戦争犯罪」による自業自得だと誰もが嘲笑し、国内在住の数少ない日本人子女に対して惨たらしいほどの苛めが公然と行われる。しかし、ごく一部の知日派親日派は「これは人類史上で最も卑怯で残酷な戦争」と称し、これを黙認した我が国こそ「戦犯」と主張し、将来「最悪な目に合うだろう」と警鐘を鳴らした。彼らの小さな警告は後の弾三次世界大戦でもって現実のものとなる。

 日本

 戦中の大規模なサイバー攻撃反戦デモ隊の破壊活動の影響で壊滅的な経済的損失を被り、円と株式の信任が地に落ちて国際金融市場に深刻な混乱をもたらす(21世紀世界恐慌。これによって円は暴落し国際決済通貨としての地位を失った)。また、中国との戦闘に陥って間を置かずにロシアと統一高麗の侵略も受け、おまけに核攻撃も受けるという五重苦を受ける羽目になった。。
 首相と防衛省関係者が戦犯として身柄を引き渡されると、メディアは保身に走って中国礼賛を繰り返し、日本のあらゆる文化や歴史を否定的に描くようになる。政治においては東亜総連が戦勝市民を自称して発言権を主張、中国政府からの後押しも受けて国政への参加権を勝ち取る。この権利は全ての外国籍に認められたが、この頃の東亜総連は中国籍が多い事もあって中国色を帯びており、中国の主張を代弁することが増えていた。
 有事に反戦デモと暴動を焚きつけた中国籍知事・市長らは英雄として祭りたてられ、同職退任後は東亜総連の支援を受けて中国籍政党「東亜連合党(東連党)」を発足させる。この動きには一部の左派日本国民や反天皇制運動連絡会なども合流し天皇制の廃止を主張するようになる。
 国内市場では中国資本の参入に無条件で認めさせられた結果、日本の特許や技術の多くが中国国営企業に買われていった。なかには三菱重工をはじめとした防衛産業も含まれており、中国製兵器に飛躍的な性能向上をもたらすことにつながる。だが敗戦後も親米を貫いていた自衛隊の一派が米国のCIAと結託し、軍艦や軍用機の自爆処理やブラックボックスの返還・破壊を敢行した。特に国産潜水艦に関しては一部の技術者と共に買収前の工場に忍び込み、重要な技術資料等を持ち出して米国へ亡命してしまう(海自潜水艦技術者亡命事件。米国ではジャパニーズペーパーグリップ作戦と呼ばれた)。このことを中国の技術者は問題視したが中国政府は「日本の猿知恵など野犬(米国のこと)にもくれてやれ」と軽く見ていた。
 なお、この事件以降自衛隊は四分の一にまで縮小し、中国当局の監視下に置かれる事になる。だが北海道での対露けん制のための陸自の活動は容認された他、海自も対原潜哨戒活動の腕を見込まれて、主に対米原潜の対処に徴用され、空自は曲芸飛行の芸者として、ドックファイトのアグレッサー(中国人パイロットは誰もハンデ無しに勝つことができず、とうとう心が折れて中国空軍完全無人化を決定づけたとされる)として重宝された。

 琉球(沖縄)

 琉球独立の住民投票は三年前に県で施行された住民投票条例に基づいており、三年間在住のすべての住民に投票権があるとされた。条例施行後同県では急激な中国人留学生の増加と同国籍技能実習生の大幅増員が確認されており、外国勢力による作為的意図が懸念されていた。琉球民共和国として独立した本島からは米軍が完全に撤退したが、対日戦争で上陸していた中国の空挺部隊や揚陸部隊に加え、戦後に駐屯してきた東部戦区軍によって新たな軍事基地を設営される。
 新政府は訪琉してきた中国高官の指導の下、新憲法を制定し元知事を初代元首に据えた。そして当面の国家運営の指南役として、中国共産党支部を新政府内に組み込まれる(事実上の傀儡政権だが、メディアでは米統治より優しい統治だと称賛された)。
 国内経済は日本からの賠償金(円が暴落しているためドルでの支払い)で潤い、それを目当てに中国系の移民と企業(中国政府のひも付き)がどっと押し寄せるようになる。そして、首都那覇をはじめ沿岸部の町が再開発され、西南諸島沖のメタンハイドレード採取事業の拠点になった。結果、元沖縄県民の多くが望んだ急速な経済発展を成し遂げる事になるが、雇用は移民が優先された為彼らの生活環境はむしろ悪化していった。

 中国

 各都市ではナショナリズムに傾倒した市民達が待望の対日戦に沸き立ち、その勝利の美酒にこの上なく酔いしれていた(ただ日本人を核の火で皆殺しにしなかったことを不満がった)。慣遠鋭は偉人として崇めまつられ、名実ともに皇帝として就任した(中華人民共和国の帝政化)。新皇帝はさらなる大国化を目指す事を宣言し、外モンゴル併合やインド洋の掌握、オセアニア進出、果てはハワイを奪取し太平洋全域を支配下に置くなど世界制覇への歩みを確定路線としていた。
 量子暗号を使用した「決して盗聴されない(ただしサーバーで政府に監視されている)」中国ネットワークが東アジア全体に整備される。衛星軌道では天宮が完成し、人類史上最大の宇宙構造物として君臨する(慣皇帝専用の豪華な宿泊施設もあったことから、名実ともに「宇宙の王宮」と呼ばれた)。経済は全て国営化された企業を量子コンピュータAIに一元管理させた計画経済(このため世界恐慌の影響を受けなかった)となっており、年に数隻の軍艦を生産する工業大国になっていた。戦争特需も相まって財政も潤沢になり都市ではベーシックインカムが導入され人民の生活が好転する。この成功例は日本の没落に反比例して世界中の注目を集めた。
 しかし、雇用環境は悪くなる一方で地方の貧しさも相変わらずであり、そこに住むのは現地で生まれた者の他に、老後の金のない高齢者、社会信用システムで都市を追い出された者だけだった。次第にロボット農場に住む土地を奪われるようになると、彼らは生活の改善を訴え暴動に走るようになる。中でも精力的に活動したのは内モンゴルの草原を護ろうと立ち上がったモンゴル人たちであり、中国を揺るがすほどの社会運動を引き起こそうとした(背後には内モンゴル独立派があるとされている)。
 危機感を持った政府は銃武装した警備ロボットを地方へ大量に配備し、効率よく確実に暴動を鎮圧させた。また、虫や鳥のように動き回る自律型監視ロボットも大量生産され、反抗的な人民を一人残らず監視・殺害していった(この攻撃で国内の独立派や民主派の団体の多くが壊滅に追いやられた)。このロボット対人間の戦いは世界的注目を集めたが、同時に批判もされるようになり政府は最終的に地方人民への配給制を実施するようになる。しかし、それでも不満がある人民はより良い生活を求めて海外への移住に走る。

 統一高麗

 高麗の独裁者は事前に慣遠鋭政権とジーミル政権と内通し、日本攻撃の計画を立てていた。中国が琉球に対してしたのと同じように、対馬にも工作を仕掛け、独立の住民投票を行わせる手筈を整えていたのだ。日本への核攻撃は高麗にとっての悲願であり、通常兵器中心の武力行使に拘った中露に頼み倒す形で、万一の米国の核報復のリスクを負って実行に移していた。そのリスクが功を奏し、後の核密売に大きく寄与することになる
 国内では中国同様対日戦争勝利に誰もが酔いしれ、平壌ではお祭騒ぎになっていた。当時、高麗の国家財政は、元首一族の巨大な宮殿と箱物展示、本格的水爆開発と宇宙開発によって疲弊しており、中国に対する債務でとある湾港を差し押さえられるところだった。そのため日本からの高額な賠償金は国家財政を立て直す救世主であった(もっとも、毎年支払われる賠償金の殆どは元首一族の贅沢と兵器開発に当てられ、人民の生活が向上することはなかった。
 北京条約成立から間もなく高麗政府は対馬編入を実行。この時条約で約束された島民の安全と財産の保護は守られず、島民は一人残らず全財産を奪われ強制収容所に入れられ迫害された(対馬島民強制収容事件。収容された島民の中には特別永住権を持った高麗籍住民も含まれていた)。その後日本には対馬への大使館移設を強要し、半島の地を踏ませないようにした(対日鎖国政策。日本に関わる物・人を徹底的に排除し受け入れない排外主義的政策)。
 経済はAIの指示を受けることを良しとしない旧北朝鮮幹部の失政によって不況が続いていたが、中国企業による日本海でのメタンハイドレート採掘の開始によって一応の回復が見られた。
 しかし、彼らはより利益の高い裏ビジネスに力を注ぎ、中東などを中心に核兵器密売計画を推し進めていた。これが後の戦乱を引き起こすきっかけとなる。

 東南アジア

 諸国は日本が敗北したことに衝撃を受け、保身に走った指導者によって各国の対中傾斜が加速する。フィリピンは国内の湾口に中国海軍の補給基地を作ることを認め、インドネシア政府も同国海域の中国海軍の活動を無制限に認めた。続いてシンガポール、マレーシア、ブルネイも中国との軍事的関係を深めていった。
 経済においても世界恐慌の煽りを受けた事もあって、ほとんどの国が中国の支援を頼りにするようになる。中国国営企業による地元企業の買収も積極的に行われ、中国共産党の干渉下にない企業はほとんどない。文化の干渉も行われるようになり、タイやカンボジアでは君主制廃止に向けた動きが華人を中心に本格化している。

 欧州

 どの国も円暴落による世界恐慌の影響をもろに受け、破局的な混乱に陥った。自動化の影響で失業率が殆どの国で40%近くになっており、右翼団体が移民排疎運動を活発化させた他、移民コミュニティもデモを起こして生活の改善を求めた。次第に両者の中で過激思想に走った者がテロを起こし合うようになる。これは欧州連合から離脱した英国も同様であり、スコットランドの独立をもたらした他、ウェールズ北アイルランド独立運動をも引き起こすことになる。とてもじゃないが、アジア情勢に目を向ける余裕などなかった。

 ロシア

 ジーミル大統領は長年中国との連携に努め、事実上の同盟関係にまで発展させていた。今回の戦争は壊れかけた日米関係にとどめを刺し、完全に米軍を西太平洋から締め出すことで「アメリカの時代」を終わらせると同時に、日本が強国として復活させないように封じ込める目的があった。
 ロシア史にない極東への更なる領土拡張に成功したジーミルは終身大統領の地位を手に入れ、ツアリデント(皇帝のツアーリと大統領のプレジデントの合成語)と呼ばれた。ソ連時代の領土回収に取りつかれていた彼はその後西側の衰退に乗じて、ウクライナを中心とした東欧諸国に対して長い何月に渡る戦争を繰り広げる。これは十分な経済の成長をおざなりにしたロシア経済に大きな負担を抱えさせ衰退の原因となった。

 

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ハトヤブのシミュレーション戦記

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 (2019/9/9 本文一部加筆修正、9/18、9/26、10/2、11/15 本文一部修正、12/3 リンク添付)

(2020/1/11 見やすく修正、1/12 中国系大統領に関する記述を修正、2/3 小タイトル修正・ロボットに関する記述を追記。7/10 リンク追加、8/9 リンクの追加、9/13 内モンゴルに関する記述を追加)

(2021/2/7 シナリオを一部変更、2021/3/13 自衛隊法上撃墜はあり得ないので修正、2021/4/18 高麗による核攻撃の描写を変更、2021/11/26 住民投票を利用した独立工作について詳述)

(2022/2/6 内容を大幅修正)