中日戦争(さらに手直ししました※エグイ内容なので閲覧注意)

※この作品は作者の独断と偏見によるシミュレーション戦記です。実際の人物、国、民族は関係ありません。

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■203×年 中日戦争

 日本では長引く不況の最中、西日本大震災や富士山の大噴火からの復旧に追われていた。相次ぐ復興増税と緊縮財政に国民の不満は高まり、政局は混乱を極めていた。政権は野党連合が握っており、共産党の四井書記長が首相の座についていた。この頃地方では法蓮前政権が施行した外国人参政法により中国籍の知事や市長の誕生が相次いでいる。イデオロギーに拘った法人税増額で雇用状況は一向に改善せず、海外移転やAIの導入によりさらに減った就職口を日本国民と外国籍住人が取り合う形になっている。約束していた消費税撤廃は財政健全化を理由に見送られ(それどころか逆に増税し)、再エネ100パーセントを実現するために新たな環境税を国民に課していた。国民は団塊世代の多くが亡くなり、貧窮による自殺者と毎年のように現れる新たな感染症による病死者の増加によって人口減少が顕著となっている。

 琉球独立宣言

 ある年、米国から日米同盟の見直しが打診され、かねてより四井政権が求めていた沖縄や国内の米軍基地の大部分の返還が決まる。この時自衛隊基地の日米共同利用が提案されるが、四井は頑固として拒否し、撤収の前倒しを要求して「思いやり予算」を削減するなどした。日本の強硬な姿勢に米軍は愛想をつかし、大統領令によって日本からの撤収が決まり、一年後沖縄の普天間基地を最後に撤退を終了させる。拙速な米軍撤退に不安がささやかれるが、積年の望みが叶ったことに日本中が沸く。特に沖縄では記念日が設けられるなどお祭り騒ぎだった。
 しかし翌月、沖縄振興予算の大幅削減を政府が画策しているという報道が波紋を広げ反政府デモが巻き起こる(実際は琉球新報誤報だった)。 そんな中、ドニー氏の後に就任した中国籍知事は中国からの支援を受けると主張し、日本からの独立を問う住民投票を実施。賛成票を過半数得たことで「琉球民共和国」として独立を宣言した。これを受けてすぐさま中国政府が国家承認を表明し、ロシアや韓国・北朝鮮もそれに追随した。
 他国の承認を受けて自らを国家主席と称した中国籍知事は四井政権に対し、一年以内の国家承認と出先機関の引き払いを要請する。これに対し政権は住民投票に法的拘束力がないことを理由に一蹴するが、知事は国籍不明の武装集団(中国の特殊部隊)を密かに招き入れており、各省庁や県警を制圧し、多数の役員を人質にとって同じ要求を繰り返した。動揺した政府は自衛隊発足初の治安出動を決定するも、イデオロギー自衛隊を動かしたくない為「現場待機」を厳命して様子を伺う。
 すると中国政府が日本の行動を「不当な軍事干渉」と非難。日本政府に対し24時間以内の自衛隊撤収を要求し、応じない場合集団的自衛手段に出ると恫喝した。中国海軍の複数の艦隊が沖縄周辺海域に大々的に展開する。四井政権は遺憾の意を示しつつ、自衛隊を待機させたままなおも静観の構えを取った。

 

 

 中国軍機侵犯と不審墜落

 24時間後、独立を宣言した中国籍知事が中国に救援を求め、中国軍のY9輸送機が単機で沖縄本島へ領空侵犯した。同輸送機はスクランブルした空自機に監視されながら、那覇市上空に接近して知事の立てこもる県庁舎に支援物資を投下し帰還の徒につく。しかし同輸送機はいったん領空を出るも再び侵入を繰り返した末、機内で不審な爆発を起こして空自機の目の前で墜落した。実は彼らは日本を挑発しわざと撃墜される任務を担っていたため、片道の燃料しか積んでおらず、最後は意図的な被弾を演出して墜落させたのだ(偽旗作戦)。日本メディアは自衛隊機が中国機を撃墜したと大騒ぎし、これに便乗する形で中国メディアも大騒ぎする。四井政権は事態収束の為に空自機パイロットを殺人罪で告発し逮捕するように指示した(これが結果的に戦争の口実を与えることになる)。

 超限戦

 輸送機を堕とされたことに「憤慨」した慣主席は「日本が軍国主義を振りかざしわが同志琉球独立の阻止に動き出し、我が国に戦争を仕掛けてきた」として強く非難、日本への制裁として、中国国内に出張している日本人を全て拘束するよう命じた。また、南シナ海を航行する日本国籍の船や、日本へ向かう商船を検閲し交易を寸断させる。そして、日本中のネットワークに総力的なサイバー攻撃を仕掛け交通や金融システム、電話線やネット回線、日本テレビ放送(NHK)を除いた報道局を全て機能不全に陥らせた。

 さらに沖縄では中国籍知事らが母国の国防動員法に基づいて中国政府との共闘を宣言、同族の労働者や留学生を焚きつけて那覇市内で大規模な反戦デモを行う。この動きは東亜総連の煽動によって日本本土にも広がり、国会前や各地の自衛隊基地前でも反戦デモが繰り広げられる。しばき隊などの左派過激派団体も参加し、保守系団体と衝突して乱闘や破壊活動に発展した。

 日本中がパニックに陥った時、慣主席がNHKを通じて「第二次世界大戦の反省を覆さず、敗戦国としての地位を永久に受け入れよ」と日本国民に降伏を促す。そして琉球とその周辺海域に対するあらゆる権益の放棄を要求し、応じない場合は「歴史上で類を見ないほど大きな結果に直面するだろう」と脅した。事実上の対日宣戦布告である。

 中国軍のミサイル攻撃

 四井政権が対応に困っている間に、中国軍は日本各地の自衛隊基地を標的とした極超音速ミサイル攻撃を決行した。海自がイージスシステムで迎撃を試みるも変速機道を描く弾頭を捕らえられず、着弾を許し各地で大きな被害を被る。特に佐世保基地には新型ステルス爆撃機であるH-20が急襲を仕掛け、放たれた誘導爆弾によって停泊していた艦艇を葬った上に弾薬庫誘爆で住民をも巻き込む大騒ぎを起こした(実戦におけるH-20のステルス性試験の思惑があった)。その混乱の最中、沖縄では沖永良部島久米島、そして本島の与座岳分屯基地の各対空レーダーがステルスUCAVによる精密攻撃によって全て破壊された。

 中国のミサイル攻撃によって那覇基地では滑走路の破損で空自機が飛び立てず、陸自の第15旅団も身動きが取れなかった。そこへさらに戦闘機を随伴した複数のH-6爆撃機防空識別圏に続々と侵入し、多数の巡航ミサイルを発射して那覇自衛隊施設を徹底的に爆撃する。本島周辺海域に待機していた護衛艦隊も極超音速飛翔体の攻撃を受け、甚大な被害を出していた。実は護衛艦隊の動きはすべて中国軍の情報部や偵察衛星「神眼」と無人偵察機「雲影」で筒抜けであり、そこに小型戦術核を搭載した対艦弾道ミサイルを発射していたのである(日本にとっては広島、長崎、ビキニ諸島沖に次ぐ四度目の核被害である)。生き残った艦艇もH-6のミサイル攻撃に晒られ全滅した。兵器の性能もあるが、防衛出動が発令されてない上、官邸から戦闘禁止を厳命されていたので対応が遅れたのだ。

 一方東京では四井首相が緊急事態宣言を発動するが、「戦争しない」イデオロギーにより肝心の防衛出動を決意することができない。中国へのホットラインも通じず、中国軍が日本の国土を破壊するのをただ傍観するばかりだった。

 

 琉球開放戦

 初手の打撃で日本の防空体制を破壊した中国軍はいよいよ沖縄本島への侵攻を開始する。戦闘ヘリと空てい部隊を那覇市上空に突入させ、市内で治安出動していた自衛隊員たちを攻撃しようとする。隊員たちは反戦デモで市中にごった返す住民たちを巻き込まないように、全員が自ら武器を捨てて一斉に中国軍へ投降することを決意。そのあまりのあっけなさに壮絶な流血戦を覚悟していた中国軍兵士達はたいそう驚いた。勢いに乗った中国軍は揚陸部隊を沖縄本島へ進軍させて揚陸作戦を開始し、未だ投降していない自衛隊員らへ攻撃を仕掛けた。ここでようやく首相が防衛出動を発令したが時すでに遅く、沖縄は中国軍兵士の一方的な蹂躙による阿鼻叫喚の地獄へと変貌していた。

 戦後日本初の防衛出動のまさかの空振りにひどく動揺した四井首相は生き残っていた通信を通して、中国政府に停戦を申し入れる。しかし停戦の条件に「琉球の独立承認」、「日本列島の完全かつ不可逆的な非核非軍事化」、「日本人の軍国主義の抹消」、「日米軍事同盟の解消」、「トカラ列島以南の全ての諸島や領海の主権割譲」、「一千兆円規模の賠償金の支払い」、「日本国内への人民解放軍の駐留」を要求された。沖縄独立や非軍事化には応じるつもりだった売国政治家の四井首相でさえ、後半の三つの要求には難色を示し、交渉は難航する。

 

 ロシアの参戦

 停戦交渉をしている間、突然ロシア軍が原住民アイヌ民族の保護を理由に北海道への特別作戦を実行。既に中国のミサイルで被害を受けている自衛隊基地は勿論、官公庁や住宅地を標的にミサイルによる爆撃を敢行。稚内市野付郡の二か所から上陸して陸自の北部方面隊と戦闘を開始する。中国も一方的に交渉を打ち切って日本各地への爆撃を再開する。弾頭は学校や住宅にも着弾して数百人規模の死傷者を出した。

 突然のロシアの侵攻と中国の一方的な交渉打ち切りを四井首相は強く非難し、即時攻撃停止を要求するが、同時に自衛隊にも戦闘停止を指示する。イデオロギーで目が曇っていた彼はあくまで独力での停戦交渉に拘っており、それ以外を認めない極度の精神状態に陥っていた(記者会見でも記者に向かって「だって9条があるんだよ!戦争は禁止なんだよ!」などと怒鳴り散らす様子が映され、世界各国から「史上稀にみる無能の宰相」と呆れられた)。

 さらに四井は水面下で支援を打診していた米国にも「戦争はしていない」と一喝。交渉を公に暴露して「米軍が戦争をでっち上げて日本に戻ろうとしたのを防いだ」と自慢げに語った。四井のこうした独善的な行動は結果的に米国と西側の支持を失うと同時に、現場の隊員たちへの支援や住民の避難を滞らせ、被害をさらに拡大させる結果となった。

 韓国・北朝鮮介入と核攻撃

 戦闘開始から三日も立たずに敗戦濃厚の雰囲気となっている日本にダメ押しの一撃が振り下ろされる。なんと突然韓国の支援を受けて、これまた住民投票によって対馬市が独立を表明したのだ。韓国政府は対馬の独立容認と独島(韓国人が勝手に竹島につけた名前)の永久放棄を要請し、応じなければ破滅的懲罰を与えると横柄な電報をよこす。四井政権は沖縄の時同様、法的拘束力がないと拒否。
 すると北朝鮮の山間に潜んでいた輸送起立発射機TELから極超音速ミサイルが複数発射され、大阪や京都、広島や長崎、そして東京に着弾し辺り一帯を焼け野原にした。爆風は道頓堀や京都御所原爆ドームや平和記念像、皇居や靖国神社を破壊し多くの日本国民をドロドロに溶かした。(日本にとっては五度目の核被害である。なお、皇族たちは防衛省の地下施設に避難しており、天皇皇后両陛下は宮内庁が中止と発表していた被災地訪問を決行していて無事だった)
 北朝鮮による核攻撃に対し米国は非難するも、四井首相が水面下のチャンネルを寸断させたため、何ら軍事的アクションを行うことはなかった。それをいいことに、中国軍とロシア軍も日本各都市の住宅地に向けて無差別に核ミサイルを発射、住民を巻き込んだ殲滅作戦を開始する。
 もはや打つ手がないと判断した四井政権は全面降伏を表明し戦争は終結した。

 敗戦国日本の孤立

 その後開かれた国連安保理事会で、日本代表は三か国の理不尽な攻撃に曝されたと主張。戦争はそもそも起こっておらず、一方的に占拠された領土は返却されるべきと訴えた。しかし、国際社会の視線は冷ややかだった。中国側は日本が1879年の「琉球処分」から琉球を不当に支配していたと批判し、虐げられていた琉球民族を救うために集団的自衛権を発動したと主張。1945年に敗戦国となった日本は「第二次世界大戦後の秩序への挑発を止め、不当に占拠していた領土を全てを放棄すると共に、周辺国に過去の侵略と不法な支配について必要な賠償をする」ように要求した。
 ロシアも中国に同調しつつ、北海道に古くから暮らしていたアイヌ民族は極東ロシアの先住民であるとして、日本の「圧政」から「解放」されるべきだと領有権を主張した。そして韓国と北朝鮮もここぞとばかりに意気投合し「日本は未来永劫我々に謝罪し贖罪し続けるべきだ」と吐き捨てた。
 頼みの綱の米国も日本は中露朝韓と「戦争していた」ことを認めるべきと発言し、中国側の言い分も一理あると事実上日本を見捨てる。結果、安保理事は一方的な断罪劇のまま終わり、中露朝韓の主張が認められる決議が採択された。日本代表は孤立へ追い込まれ、決議を受け入れざるを得なかった(四井首相の身勝手で非協調的なふるまいと、前々政権の出した独善的な枝本談話の影響で国際社会での日本観が悪化していたのが原因)。

 

第二の敗戦・戦後賠償

 後日北京で行われた北京講和条約をもってして日本は琉球の独立を正式に認め、係争中の領土(北方領土竹島)を放棄する他、北海道をロシアに、対馬と九州西部を韓国と北朝鮮に、残りの九州全域と西南諸島を中国に移譲することになった。条約では統治権を得た国や政府に「移民」申請さえすれば住民の生命と財産は守られると謳われているが、割譲される当該地域では戸惑いの声が溢れており、日本国への帰属を求める人が本土への移住を希望した(九州・北海道住民大帰国事業)。さらに日本は賠償金として中露朝韓と琉球政府に対して総額一千兆円を数十年にわたって支払うことになる。

 この戦いで日本は数千人規模の自衛官殉職者を出した他、民間人にも数えきれないほどの犠牲者を出していた。国家としての独立こそ維持されたものの自衛隊の解散と武装解除を余儀なくされ、各地の港への中国軍や韓国軍、ロシア軍の軍艦の寄港を認めさせられ、中国東部戦区軍の国内駐留を無期限に受け入れることになった(中日軍事協定、後に日中同盟と呼ばれる。実質主権はないに等しい)。さらに中国籍企業や中国系やコリア系にロシア系の移民も無制限に受け入れ可能となり、土地や企業買収も無制限に認めさせられた。こうした戦後の日中関係はかつての日米関係と類似した形となり、中国の西太平洋覇権拡大に大きく寄与する事になる。

 

 

 米国

 2期目に入ったワン大統領(中国の選挙干渉が再度疑われるがその声は黙殺される)が側近やFBI長官、最高裁判事、CIA長官に同じ出身国者ばかりを指名し、議会を無視し大統領令を連発する強権政治を行った。そして中南米からの不法移民に厳しくする一方で中国からの移民を厚遇し、中国系市長や州知事の選挙戦をあからさまに支援するなど同族贔屓を繰り返す(台湾住民の亡命を助ける意図があった)。また、導入を公約していたベーシックインカム制度も中国系が多い都市と西海岸の州に"試験的に"導入したまま進展させなかった(財政的な理由が大きい)。

 当時国内経済はAIによる自動化を背景とした雇用崩壊に陥っており、それも相まってワン大統領に対する国民の不満は頂点に達しつつあった。主要メディアは「我が国は中国人に乗っ取られ、滅ぼされようとしている」と批判し、往来では中国人に対する銃撃事件が多発する。これにワン大統領は「レイシズムと銃犯罪は許さない」と宣言し批判したメディアを締め出し、銃犯罪防止策として連邦軍所属以外は銃器所持を一切合財禁止する大統領令を発令した(これに全米ライフル協会と一部の保守派が反発し各州に合衆国連邦脱退の請願書を送る)。

 中日戦後、両国が軍事協定を結んだことを区切りに日本との同盟は解消され、米国の西太平洋におけるプレゼンスは完全に失われた。同盟が解消されたことを受けて当局は日本に有償供与していた兵器の部品供給を停止させる。さらに中央情報局(CIA)が技術流出阻止のため日本国内に入り、一部のブラックボックスを回収・破壊した。この時、日本の潜水艦数隻が機密情報と共に米国へ亡命しており、密かに原子力潜水艦の改良や教育に活用された(海自潜水艦亡命事件)。その後はAIの規制や安価な外国製品の輸入制限、労働移民の規制など孤立政策を推し進めていく。

 なお国民の大部分は中国と同じ日本観を抱いており、此度日本に降りかかった災難は「過去の戦争犯罪」による自業自得だと誰もが嘲笑し、国内在住の数少ない日本人子女に対して惨たらしいほどの苛めが公然と行われる。しかし、ごく一部の知日派親日派は「これは人類史上で最も卑怯で恥ずべき戦争」と称し、これを黙認した我が国こそ「戦犯」と主張し、将来「我々は最悪な目に合わされるだろう」と警鐘を鳴らした。彼らの小さな警告は後に起こる米国内戦、バーチャル戦争でもって現実のものとなる。

 日本

 戦中の大規模なサイバー攻撃反戦デモ隊の破壊活動の影響で壊滅的な経済的損失を被り、円と株式の信任が地に落ちて戦後は高額な賠償も相まってハイパーインフレーションに陥る(これによって円は国際決済通貨としての地位を失った)。また、中国との戦闘に陥って間を置かずにロシアと韓国・北朝鮮の侵略も受け、おまけに核攻撃まで受けるという五重苦を受ける羽目になった。
 当初、中国側は「天皇」を戦犯として差し出すよう要求してきた。それに対し日本政府の公式見解は「天皇は日本の象徴であり、国政に関する権限を有さず、政治における責任を問われない」だったが、共産党の四井首相は自分の命惜しさに天皇を差し出す決断をしようとしていた。しかし周囲に猛反対され国民からも激しい反発に晒される。挙句の果ては同じ共産党員からさえも糾弾され、窮した首相は米国への亡命を画策するも失敗し、かえって中国に目を付けられる破目になり戦犯として引き渡される。

 結果として天皇制は維持されることになったものの、資産の全てを中国軍の管理下に置かれ、国事行為の一切も禁止された上、避難先の防衛省地下に事実上の軟禁状態に置かれた。医療関係者の接触も制限されたことから、高齢の皇族が体調を崩し崩御薨去される事態になった。大喪の礼斂葬の儀も許されず、お骨も陵墓に埋葬されずに海にばらまかれた(この仕打ちに多くの日本人が衝撃を受けアイデンティティを傷つけられた)。

 戦後、解散を免れたメディアは自ら中国共産党の御用メディアに名乗りを上げて中国礼賛を繰り返し、日本のあらゆる文化や歴史を否定的に描くようになる。政治においては東亜総連が戦勝市民を自称して発言権を主張、中国政府からの後押しも受けて国政への参加権を勝ち取る。この権利は全ての外国籍に認められたが、この頃の東亜総連は中国籍が多い事もあって中国色を帯びており、中国の主張を代弁することが増えていた。
 有事に反戦デモと暴動を焚きつけた中国籍知事・市長らは英雄として祭りたてられ、同職退任後は東亜総連の支援を受けて中国籍政党「東亜連合党(東連党)」を発足させる。この動きには一部の左派日本国民や反天皇制運動連絡会なども合流し、「日本の侵略の源流は天皇制にある」と主張して天皇制の廃止を目標に取り組むようになる。
 国内市場では中国資本の参入に無条件で認めさせられた結果、日本の特許や技術の多くが中国国営企業に買われていった。なかには三菱重工をはじめとした防衛産業も含まれており、中国製兵器に飛躍的な性能向上をもたらすことにつながる。だが敗戦直後、自衛隊の一派が米国のCIAと結託して軍艦や軍用機の自爆処理ブラックボックスの返還・破壊を敢行した。特に国産潜水艦に関しては一部の技術者と共に買収前の工場から機密情報を持ち出し、潜水艦で丸ごと米国へ亡命してしまう(海自潜水艦亡命事件。米国ではジャパニーズペーパーグリップ作戦と呼ばれた)。このことを中国の技術者は問題視したが中国政府は「日本の猿知恵など野犬(米国のこと)にもくれてやれ」と軽く見ていた(これが後に米原潜への対処に苦労する原因になる)。
 なおこの戦争で自衛隊は解散され隊員たちは再就職を余儀なくされるが、亡命事件もあって彼らは中国当局の監視下に置かれ、その大部分が何かと理由を付けられて中国に強制連行され行方知れずとなる(後に拷問にかけられ裁断機によって粉砕処分された記録が発見される)。他にも米国にパイプのある外交官や商社マン、経済学者や憲法学者、果ては英語教師まで監視対象になり、わずか一年で人口の半分の日本人が行方不明となった。

 琉球(沖縄)

 琉球独立の住民投票は三年前に県で施行された住民投票条例に基づいており、三年間在住のすべての住民投票権があるとされた。条例施行後同県では急激な中国人留学生の増加と同国籍技能実習生の大幅増員が確認されており、外国勢力による作為的意図が懸念されていた。琉球民共和国として独立した本島からは米軍が完全に撤退したが、対日戦争で上陸していた中国の空挺部隊や揚陸部隊に加え、戦後に駐屯してきた東部戦区軍によって新たな軍事基地を設営される。

 新政府は訪琉してきた中国高官の指導の下、新憲法を制定して日本からの永久独立が明文化された。そして当面の国家運営の指南役として、中国共産党支部を新政府内に組み込まれる(事実上の傀儡政権だが、メディアでは米統治より優しい統治だと喧伝された)。

 国内経済は日本からの賠償金(中国政府を介して人民元での支払い)で潤い、それを目当てに中国系の移民と企業(中国政府のひも付き)がどっと押し寄せるようになる。そして、首都那覇をはじめ沿岸部の町が再開発され、西南諸島沖のメタンハイドレード採取事業の拠点になった。結果、元沖縄県民の多くが望んだ急速な経済発展を成し遂げる事になるが、雇用は移民が優先された上、公用語を実質中国語にされたため彼らの生活環境はむしろ悪化していった。 

 中国

 各都市ではナショナリズムに傾倒した市民達が待望の対日戦に沸き立ち、戦闘で死者を一人も出さなかったことも相まって、誰もが勝利の美酒に酔いしれていた(ただ邪悪な日本人を皆殺しにしなかったことを多くの人民が不満がった)。慣遠鋭は偉人として崇めまつられ、名実ともに皇帝として就任した(中華人民共和国の帝政化)。新皇帝はさらなる大国化を目指す事を宣言し、外モンゴル併合やインド洋の掌握、オセアニア進出、果てはハワイを奪取し太平洋全域を支配下に置くなど世界制覇への歩みを確定路線としていた。
 しかし、一見日本に対し完勝したかに見えた中国軍本隊の実態はあまり良いものではなかった。序盤の沖縄本島では過剰すぎる戦力で制圧を達成したものの、九州ではただの一つも自衛隊基地を堕とせておらず、一部では戦果に見合わない過剰な領土獲得だと囁かれた。また中国兵達に死者が出なかったのは自衛隊側が意図的にバイタルゾーンを外して撃ってくれていたためで、中には負傷した中国兵を手当てしてくれたという噂まである。この都合の悪い話は完全に闇に伏せられ、最強となった中国軍の武勇伝だけが誇張して伝えられたのである。

 国内の技術革新はどんどん飛躍し、量子暗号を使用した「決して盗聴されない(ただしサーバーで政府に監視されている)」中国ネットワークが東アジア全体に整備される。衛星軌道では天宮が完成し、人類史上最大の宇宙構造物として君臨する(慣皇帝専用の豪華な宿泊施設もあったことから、名実ともに「宇宙の王宮」と呼ばれた)。経済は全て国営化された企業を量子コンピュータAIに一元管理させた計画経済となっており、年に数隻の軍艦を生産する工業大国になっていた。戦争特需も相まって財政も潤沢になり都市ではベーシックインカムが導入され人民の生活が好転する。この成功例は日本の没落に反比例して世界中の注目を集めた。

 しかし、雇用環境は悪くなる一方で地方の貧しさも相変わらずであり、そこに住むのは現地で生まれた者の他に、老後の金のない高齢者、社会信用システムで都市を追い出された者だけだった。次第にロボット農場に住む土地を奪われるようになると、彼らは生活の改善を訴え暴動に走るようになる。中でも精力的に活動したのは内モンゴルの草原を護ろうと立ち上がったモンゴル人たちであり、中国を揺るがすほどの社会運動を引き起こそうとした(背後には内モンゴル独立派があるとされている)。

 危機感を持った政府は銃武装した警備ロボットを地方へ大量に配備し、効率よく確実に暴動を鎮圧させた。また、虫や鳥のように動き回る自律型監視ロボットも大量生産され、反抗的な人民を一人残らず監視・殺害していった(この攻撃で国内の独立派や民主派の団体の多くが壊滅に追いやられた)。このロボット対人間の戦いは世界的注目を集めたが、同時に批判もされるようになり政府は最終的に地方人民への配給制を実施するようになる。しかし、それでも不満がある人民はより良い生活を求めて海外への移住に走る。

 朝鮮半島

 韓国と北朝鮮の指導者は事前に慣遠鋭政権とジーミル政権と秘密の会談を開き、日本攻撃の計画を立てていた。韓国は中国が琉球に対してしたのと同じように、対馬にも工作を仕掛け、独立の住民投票を行わせる手筈を整えていたのだ。北朝鮮の日本への核攻撃は中国に委託された形で、万一の米国の核報復のリスクを負って日本の核攻撃を決行した。そのリスクが功を奏し、後の核密売に大きく寄与することになる。

 韓国国内では中国同様対日戦争勝利に誰もが酔いしれ、ソウルではお祭騒ぎになっていた。北京条約成立から間もなく政府は対馬編入を実行。この時条約で約束された島民の安全と財産の保護は守られず、島民は一人残らず全財産を奪われ強制収容所に入れられ迫害された(対馬島民強制収容事件。収容された島民の中には特別永住権を持った高麗籍住民も含まれていた)。その後長崎があった場所に日本大使館移設を強要し、日本人に半島の地を踏ませないようにした(排日政策。日本に関わる物・人を徹底的に排除し受け入れない排外主義的政策)。

 しかしここで南北の関係が悪化、北朝鮮は韓国が自国の了解なく獲得した領地を独占しようとしていると批判し交渉を要求。韓国が要求を受けて交渉に臨むも、“韓国領”を含めた分割案を出されて決裂。南北の紛争に発展する。

 対日を意識して海軍力を高めていた韓国だったが、ソウル防衛に関してはまるで改善しておらず、あっけなく陥落してしまう。今や米軍の助けもなく、嫌々ながらも連携してきた日本の支援もない中で韓国の大統領は済州島から九州へ逃げるが、ジェット機を撃ち落とされて死亡した。その後旧韓国国土では言論統制を背景とした粛清が起こり8千人以上が殺害された。数百万人規模の韓国難民が九州の中国支配下密入国を図るが中国によって送り返された(当然、送り返された彼らは朝鮮当局に処刑された)。

 晴れて朝鮮と九州西部の支配者になった金一族は二か国分の賠償金を独占した。実は北朝鮮の国家財政は、金一族の巨大な宮殿と箱物展示、本格的水爆開発と宇宙開発によって疲弊しており、中国に対する債務でとある湾港を差し押さえられるところだったのだ。そのため日本からの高額な賠償金は国家財政を立て直す救世主であったが、債務返済後は再び一族の贅沢と兵器開発に当てられ、人民の生活が向上することはなかった。

 経済は完全に中国に依存しており、韓国が進めていた日本海でのメタンハイドレート採掘も中国企業に買収されて、現地住民が低賃金で働かされている。中国AIも導入した朝鮮幹部だったが、中国への完全依存を良しとせず、兵器ビジネスの闇マーケットに活路を見出す。核攻撃の成果をダシに中東・アフリカなどを中心に核の売り込みに腐心し、複数の国との商談にこぎつけた。これが後の破局的な戦乱を引き起こす元凶となる。

 

 東南アジア

 諸国は日本が敗北したことに衝撃を受け、保身に走った指導者によって各国の対中傾斜が加速する。フィリピンは国内の湾口に中国海軍の補給基地を作ることを認め、インドネシア政府も同国海域の中国海軍の活動を無制限に認めた。続いてシンガポール、マレーシア、ブルネイも中国との軍事的関係を深めていった。
 経済においてもほとんどの国が中国の支援を頼りにするようになる。中国国営企業による地元企業の買収も積極的に行われ、中国共産党の干渉下にない企業はほとんどない。文化の干渉も行われるようになり、タイやカンボジアでは君主制廃止に向けた動きが華人を中心に本格化している。

 欧州

 どの国も自動化の影響で失業率が殆どの国で40%近くになっており、国民生活が破局的な状況に陥った。右翼団体が移民排疎運動を活発化させた他、移民コミュニティもデモを起こして生活の改善を求めた。次第に両者の中で過激思想に走った者がテロを起こし合うようになる。これは欧州連合から離脱した英国も同様であり、スコットランドの独立をもたらした他、ウェールズ北アイルランド独立運動をも引き起こすことになる。とてもじゃないが、アジア情勢に目を向ける余裕などなかった。

 ロシア

 ジーミル大統領は長年中国との連携に努め、事実上の同盟関係にまで発展させていた。今回の戦争は壊れかけた日米関係にとどめを刺し、完全に米軍を西太平洋から締め出すことで「アメリカの時代」を終わらせると同時に、日本を強国として復活させないように封じ込める目的があった。

 ロシア史に前例のない極東への更なる領土拡張に成功したジーミルは終身大統領の地位を手に入れ、ツアリデント(皇帝のツアーリと大統領のプレジデントの合成語)と呼ばれた。自らの政治手腕に陶酔した彼はその後も西側の衰退に乗じて、NATO加盟国にも侵略の食指を伸ばすようになる。

 開戦当初、ロシアの揚陸部隊はドローンを駆使して日本の戦車部隊に打撃を与え、宗谷と根室を難なく占領することに成功する。勢いに乗ったロシア軍は北海道の道庁所在地である札幌制圧を目論むが、石狩湾に近づこうとした揚陸艦が日本の潜水艦によって推進器を壊されて航行不能にさせられてしまう。一方、宗谷と根室から進軍した部隊も日本の旅団の遅滞作戦によって遅々と進まず、苛ついたロシア兵は民家の略奪と殺戮に専念し、実質作戦が滞ってしまう。中国軍もそうだが略奪や民間人殺戮の様子がSNSに取り上げられると、国際的非難を浴びる危険性が高まるので、露中両政府は総力的なサイバー攻撃で日本のインターネットを事前にブラックアウトさせていたのだ。

 中東・中央アジア・アフリカ

 中東ではイランの指導者が異教徒(イスラエルのこと)の核に対抗するためファトワー(イスラム世界で最も影響力のある政治的宣言)を解除し、核保有を宣言。イランの核保有を防げなかったイスラエルも核保有を「宣言」する緊迫した事態になった。核戦争の危機が高まるが、ロシアと中国の仲裁により相互に核先制不使用を宣言して緊張緩和となった。

 中央アジアでは2021年に米軍撤退後のアフガンに中国企業が多数進出し、米国駐留時代を上回るインフラ整備が行われていた。経済も豊かになり、国民生活も改善するが、イスラム原理主義者の間では豚肉を食べて酒を飲む中国人に嫌悪感を持つ者が少なくなかった。

 アフリカでも中国企業の進出が活発で外貨はデジタル人民元が採用されていた{事実上の人民元経済圏)。その一方で支援や発展で得られる富のほとんどが独裁的指導者の懐に入るため、国民の生活はあまりよくなっていない。また重要なインフラ整備や新事業の主要なポストは出向した中国人が握り、現地で貴族のごとき振る舞いをし続けた為、最初はありがたがっていた国民も不満を持つようになる。その不満を埋めるようにイスラム原理主義の活動も活発になっていた。

 

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 (2019/9/9 本文一部加筆修正、9/18、9/26、10/2、11/15 本文一部修正、12/3 リンク添付)

(2020/1/11 見やすく修正、1/12 中国系大統領に関する記述を修正、2/3 小タイトル修正・ロボットに関する記述を追記。7/10 リンク追加、8/9 リンクの追加、9/13 内モンゴルに関する記述を追加)

(2021/2/7 シナリオを一部変更、2021/3/13 自衛隊法上撃墜はあり得ないので修正、2021/4/18 高麗による核攻撃の描写を変更、2021/11/26 住民投票を利用した独立工作について詳述)

(2022/2/6 内容を大幅修正、2/17 内容をさらに一新、2/18 ロシアに関する記述を修正、2/27 本文を一部修正、円暴落と世界経済の関連性を削除、中東・中央アジア・アフリカに関する記述を追加、4/3 本文、シナリオの詳細をさらに手直し、2022/6/8 加筆修正、6/9 先島諸島についてシナリオ一部変更、6/26 本分シナリオ、朝鮮半島について記述を変更)

台湾武力統一(手直ししました)

※この作品は作者の独断と偏見によるシミュレーション戦記です。実際の人物、国、民族は関係ありません。

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■202×年 台湾武力統一

 近年の台湾統一地方選民進党が勝利したのをきっかけに中台の緊張が悪化、慣主席は「万一、分裂主義者が当選するようなことがあれば海は荒れ山動くであろう」と開戦を示唆する声明を発表した。そして明くる年の総統選に合わせて国産空母2隻を抱えた東海艦隊が台湾東方の海域で大規模な海上訓練を実施する。

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(出典:Google Earthより台湾周辺の海域)

 攻撃開始、先島諸島武力占拠

 総裁選で制憲・正名を公約に掲げた民進党代表が当選したのを機に、中国軍の攻撃が始まった。まず台湾国内のネット回線に徹底的なサイバー攻撃が行われ、インターネットが一部使用不能になる。次に多数の弾道ミサイル無人機によって台湾各地の発電所や軍施設を破壊し飛行場も使用不能にした。急な停電と通信途絶に台湾各地の住民はパニックになる。

 同じ頃、海上訓練を行っていた東海艦隊が何の前触れもなく日本の与那国島石垣島宮古島に揚陸作戦を実施。同島嶼らにもミサイルや無人機による攻撃を加えられており、駐屯地の陸自と空自隊員たちは本土からの支援もなく、発砲も許されないまま上陸してきた中国軍と会敵し、一部では戦闘に至るも島民たちを人質に取られたことにより、武装解除させられた。先島諸島を難なく占領した中国軍は台湾を完全に包囲することに成功したのである。

 台湾解放戦

 いよいよ空挺部隊を乗せたと思われる輸送機がSu-27戦闘機を伴って台北へ乗り込んでくるが、このことを想定していた中華民国軍は訓練通り即座に対応した。道路を滑走路代わりとして破壊を免れた航空機を使い、Su-27と輸送機を迎撃することに成功する。また多数建造されたフリゲート艦が台湾海峡と東方の沿岸それぞれに配置され、中国海軍を近づかせまいとした。
 しかし、彼らは思わぬ方向からの急襲を受けて総崩れになる。中国軍は偵察衛星「神眼」と高高度無人偵察機「雲影」で中華民国軍の動きを常に把握し、事前に尖閣諸島魚釣島の軍事基地に配置していた殲20ステルス戦闘機に奇襲を決行させたのだ。スタンドオフ対空ミサイルで瞬く間に台湾の航空隊を葬った殲20は対レーダミサイルでレーダーサイトを破壊して台湾海峡沿岸の制空権を完全に奪った。その後、戦闘機を伴った多数のH-6爆撃機が飛来し、対艦ミサイルによって中華民国軍のフリゲート艦にダメージを与えた。そして改めて“本物の”空挺部隊を乗せた輸送機が殲20を伴って台北に強襲し総統府を制圧、総統が拘束されて戦争は名目上終結した(台北斬首作戦)。

 台北事件

 中国政府は本事件を「反国家分裂法における正当な行為」と声明を発表し台湾への軍事攻撃を正当化、揚陸部隊を上陸させて台湾全土の武装解除と占領を開始する。それに反発し五千人以上の学生たちが非暴力のデモを敢行し自由と民主主義の保護を訴えたが、中国兵は彼らを戦車で無慈悲に轢き殺した(香港、チベットウイグル内モンゴル天安門事件に続く台北事件と語り継がれる。中国政府は学生が飛び込んだことによる事故と主張し発表された犠牲者数は5人とされた)。この事件に対し米国は当選したばかりのワン大統領の意向により中立を守り、日本も中国との衝突を恐れて沈黙を続けた。当時、日本へ渡航していた台湾人が国連安保理事会への招集を訴えたが聞き入れられなかった。

 紛争後

 この事件(後に台湾侵攻と呼ばれる)の結果、中国は台湾を台湾省として東部戦区の管轄にし、以後数年にわたる思想教育やそれに反発する住民への粛清を行った。この弾圧によって20万人以上の死者が出た他、日本統治時代の名残(神社など)が破壊される。経済も破綻し日本へ数百万人規模の経済難民が大挙して押し寄せた(台湾難民問題)。また作戦の経緯で占拠した先島諸島についても、中国は住民と隊員の身柄を交渉材料に日本から主権を奪い、来るべき対日戦や西太平洋覇権への大きな足掛かりを手にしたのだ。

 米国

 大統領選挙ではベーシックインカム導入を掲げた中国系のワン氏が大統領に就任する。しかし、本選挙戦に中国政府の工作があった疑惑が浮上し、捜査を開始したFBI長官をワン大統領が更迭する騒動が起こった(第二次チャイナゲート)。以降米世論は混迷を極める。
 国内では中国系大統領誕生の後押しを受けて旧日本軍による戦争犯罪南京事件や万人抗)問題が全米で注目され、各州の議会で日本政府と企業に対し「被害者一族及びその母国に対する謝罪と賠償を要求する」決議が可決。それに韓国系団体も便乗し徴用工像が次々と建設される。最終的に政府が公式に日本へ中国・韓国への謝罪と補償をするように圧力をかける事態となった(このことは長年信頼を置いていた日本の親米派を大きく落胆させる結果となる)。
 米軍内では台湾が中国の手の内に入ったことにより在日基地のリスクが課題になる。さらに日本政府が集団的自衛権を否定し、日米合意である辺野古移設を二度にわたり蔑にした(一度目は2009年の烏山政権)事から、同国への信頼も回復不能なまでに崩れていた。その結果「アジアの事はアジアに任せる」というワン大統領の決断によって、在韓米軍をはじめとした東アジア地域からの撤退へ向けた動きが始まる。
 なお宇宙開発については、2030年まで運用する予定だった国際宇宙ステーションISS」がロシアの計画離脱により高度維持が喫緊の課題となり、代替案としてシグナスが当面の間使用される(しかし打ち上げロケットエンジンにはロシア製が使用されており、新たな代替案が求められていた)。しかしロシアが突如ロシア軌道セグメントの権利を主張し、ISSからの切り離しを強行。モジュール同士が衝突する大事故を起こし、数名の死者を出す大惨事に至った。結局ISSは一月後に制御落下させられ、西側の宇宙開発は大きく後退を余儀なくされた。
 ISSを失い中国に宇宙開発を先行されることに懸念の声が上がるがワン大統領は財政事情を理由にNASAの予算を大幅にカットする。これによってムーンゲートウェイ計画も有人火星探査計画も白紙に戻されることとなり、それ以降もアポロ計画規模の国家プロジェクトが立てられることはなかった(この決定に反発した一部の民間企業は独自の宇宙開発を続けていたがその後の内戦のあおりを受けて衰退してしまう)。

 日本

 尖閣事件後の衆参両院選挙により日本共産党を含めた野党連合が自民に勝ち、最大野党の立憲民主党(立民党)の党首である枝本氏が首相に就任していた。就任早々、彼は平和安全法制と特定機密保護法の廃止を宣言、自衛隊と官僚内で混乱を引き起こす。沖縄県辺野古移設にも言及し、ドニー氏に新基地建設撤回を約束するが米国の圧力を受けあっさり主張を変えた。

 徴用工問題について当初から積極的な姿勢を見せていた枝本首相はワン大統領の後押しを受け、中国や韓国に対する謝罪と反省を述べる談話を発表し(枝本談話。南京事件や万人抗のみならず、韓国の慰安婦や徴用工の強制連行と"奴隷性"を認める記述があり、河野談話を上回る日本史上最悪の談話となった)賠償金1兆円を高麗新政府に拠出した。これによって中韓の主張する日本人の残虐性が公式の史実とみなされ、後々世界の日本観は韓国人や中国人のそれと同じになっていく(日禍論。龍や五芒星と関連付けて悪魔国家とも呼ばれるようになる)。

 台湾事件前後、海上流通の要を中国海軍に封鎖されたことで、国内では深刻な物資不足に陥り何処のスーパーでも棚が空っぽになる状況が頻発する。石油や天然ガスの輸入も止められたため、急遽政府が切符を発行して配給する形となった。実はこの時、枝元政権は中国から水面下で「台湾有事に関与すれば、交易は永遠に寸断される」と恫喝されていた。恫喝に屈した枝元は台湾海域から護衛艦隊を離れさせ、那覇に控える第9航空団にスクランブルを自制させ、先島諸島に駐屯していた自衛隊員にも「何があっても待機」を厳命したのだ。その配慮はメディアにも波及し、台湾有事をが大きく取り上げることはなく、国内問題に国民の目を逸らさせていた。その後、島民や隊員の身柄と引き換えに先島諸島の主権を委譲した枝元の行動は国内では一定の評価を浴びるも、西側では「中国に媚び売って台湾も自国も捧げた売国奴」と冷笑された。

 脱原発を掲げた政権によって再稼働していた数少ない原発も停止させられたので電力ひっ迫に陥り、全国で頻繁に計画停電が年中実施されるようになる。政府肝いりのメガソーラー開発も期待した発電量が得られず、電気代の高騰を招いた他、森林伐採による土砂崩れ、不法な廃棄ソーラーパネルによる土壌と河川の汚染を引き起こした(21世紀最大の公害「再エネ公害」と後世で語られる)。不安定な電力供給は日本の製造業の質を落とし、物資不足も相まって多くの企業が倒産に追い込まれる。生き残った企業ではAIの導入が活発になり、その為就職氷河期に陥り完全失業率は5%を記録しているが実際は非正規採用、元外国人労働者経済難民を含めると40%以上になっていた。結果、待遇の不満や過激思想(主に反日)によるテロやドローンを使った犯罪が横行し、全国の公立小学校では専用バスか親の車による送迎が義務化された他、公園から遊具が完全撤去される。出生率が1を切り、高齢者の年金問題も深刻化している。

 そんな中、難民を含め数千万人規模になった外国籍住民が、生活改善と参政権を訴えて全国デモを起こした。特に中心になったのは中国籍住民と高麗籍住民が中心となって結成した政治団体東亜総連(この時は他の外国籍住人も参加した国際色豊かな団体だった)」である。これを受けて枝本政権後に発足した法蓮政権は外国籍の地方参政権を認める法律を制定した(一部憲法問題も取り立たされたが東亜総連の圧力によって封じられる)。これが後に中国籍市長や高麗籍市長、中国籍沖縄県知事の誕生をもたらした。その後、東亜総連はさらに運動を続け、国政参加を主張するようになる。

 なお、首相辞任後の枝本氏は同じく元首相である烏山氏と共にメディアで中国本位の主張を繰り返した。また米国との対等関係を主張し反基地運動に参加するようになる。彼らの独善的な行動によって日米関係は完膚なきまでに破壊され、在日米軍撤退というアジアの安全保障の大転換をもたらす。その当時彼らは中国メディアには「良心的日本人」として祭り上げられるが、2・3年後は東亜総連の躍進の方が注目され見向きもされなくなった。

 一方、沖縄では2期目を務め3期目を目指すドニー氏が枝本政権に裏切られたことを受け「移設阻止、そして米軍基地をなくすには独立しかない」と発言。県内メディアではいかにして独立するかで持ちきりになる。これが後の中日戦争の元凶となる。

 因みに、この日本史上初の共産党影響下の左翼政権によって女性宮家設立を積極的に推進する皇室典範特例法が成立する。これにより今上天皇の娘が婚姻後も皇室に残る道が切り開かれるが、それが後に皇室と日本のアイデンティティに重大な影響をもたらすのだった。

 中国

 国内では中台統一による戦勝祝いに沸き立つ。益々独裁者としての権威が高まった慣主席は「中華民族の偉大なる復興はまだまだこれから。我々の戦いはまだまだ続く」と演説し、さらなる海軍強国を目指すため軍艦量産を命じる。また、軍用機開発促進も奨励され、ステルス爆撃機の実戦配備にこぎつける。さらにミサイルやロケット開発も推し進められて「神眼」を用いた対艦弾道ミサイルの精度向上が図られた他、大型宇宙ステーション「天宮」の建設も開始し宇宙大国としての存在感を増していった。
 軍需産業の拡大で好景気に沸き立つかに見られたが、軍事費増大を背景とした急進的な人民元増刷の影響で経済は深刻なインフレとなっていた。インフレは都市の生活を直撃し、人民の間で「仮想通貨じゃなければ野菜を買うのにバッグいっぱいのお札がいる」という名言が出るが、言論統制によりすぐに沈黙した。この頃、都市では無駄愚痴一つも監視されるようになっていたのである。警察官もロボット化しており、市民レベルでは賄賂の類が利かなくなっていた。
 国内企業は外資系も含めて共産党支部の度重なる干渉とインフレにより、次々と経営破たんに追い込まれる。政府はこれを国営化することで救済した(事実上の乗っ取り)。一方、慣主席は財政正常化を理由に国営企業の効率化を命令、経営陣の自動化が進行する。これによりAIによる新時代の計画経済が構築されていく。
 なお中国共産党内では鄧小平以降の集団指導体制を破壊した慣主席に対する反発が根強くあったが、此度の戦績により逆に崇拝者へ転じる者が続出し、共和国の「帝政化」を主張する声が上がり始める。

 朝鮮半島

 保守政権を頂いた韓国だったが、日本に対し徴用工や竹島で強硬姿勢を崩すことはなく、ついに竹島近海の上空で韓国戦闘機が日本のP-1哨戒機を撃墜する事件が起こる。日本の自制と米国の仲介で事態を収めるも、韓国内ではそのまま対日戦争すべし派と、一機堕として今は許してやれ派で分かれて論争になっていた。米国と日本からは「韓国政府は国内のナショナリズムを制御できていない」と批判が上がっていた。
 しかし、日米の政権が極左勢力に変わったことで状況が一変。韓国の主張が一方的に通ったことで支持率は過去最高になる。日本から徴用工問題を含めた日韓併合時代の清算として1兆円を受け取る。一方米国は「アジアの事はアジアに任せる」として今後アジア情勢への関与を事実上否定。在韓米軍を撤収させられるという、韓国国民にとって天国から地獄のような展開が訪れる。
 米軍の撤退後南北に緊張が走る。朝鮮戦争の再開が世界中で不安視されたが、韓国大統領は北朝鮮の指導者と電撃会談し「統一朝鮮パートナーシップ協定」を締結。南北間の終戦を宣言し、双方の国体を維持した経済協力を拡大する方針で合意した。ドイツ統一に次ぐ平和的解決に対し世界中から賞賛され、両国指導者はそろってノーベル平和賞を受賞した(日本国内でも韓国賞賛が相次ぎ、特にリベラルを標榜するある全国紙は嫌韓派を嘲る記事を載せて物議をかもした)。しかし韓国国内では北朝鮮に配慮した言論統制が始まっており、一部が日本やアメリカに移住して実態を訴えたが聞き入れてもらえなかった。
 この時、韓国の大統領は北朝鮮指導者から中露を交えたとある計画を持ち掛けられていたのだった。

ロシア

 中国の台湾侵略と並行して、ジーミル政権も今度こそウクライナ征服を目指すべく軍事行動に出る。米国が新孤立主義に転身した為に、ウクライナを支える動きはもはやなく、中国の支援を受けたロシア軍の圧倒的戦力の前に無残に蹂躙されてしまう。勢いに乗ったロシア軍はキーウを含めたウクライナの大部分を制圧、形ばかりの傀儡政権を建てた末に既に征服下に置いていたモルドバジョージアともどもロシアに編入した。

 

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(2019/9・18日 本文一部加筆修正、10/2、11/14 本分一部修正)(11/27 本文一部用語修正、12/3 リンク添付)

(2020/1/11 見やすく修正、1/12 中国系大統領についての記述を修正、5/25 本文一部加筆、2020/0710 リンク追加、2020/8/9 リンクを追加、同日 画像を追加、9/13 内モンゴルの記述を追加)

(2022/2/5 日本と中国に関する記述を加筆修正、2022/2/17 日本に関する記述を修正、2/18 アメリカの記述を修正、ロシアの北欧侵略を追加、2/27 日本に関する記述を加筆修正、4/3 ISSの将来とロシアのフィンランド戦争についてシナリオ修正、2022/6/8 加筆修正、6/9 先島諸島についてシナリオ一部変更、6/15 ロシアに関してフィンランドの記述を取り下げ)

 

尖閣発砲事件(また手直ししました)

※この作品は作者の独断と偏見によるシミュレーション戦記です。実際の人物、国、民族は関係ありません。

※日本の首相の人物モデルを変更しました。

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■202×年 尖閣発砲事件(日中東シナ海紛争)

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(出典:Google Earthより尖閣諸島魚釣島

 事件発生

 ある年、沖縄県石垣市周辺の台風通過中に中国の漁民が尖閣諸島魚釣島に上陸避難。台風明けに海保の巡視船が救出を試みたところ、彼らは「ここは中国の領土だ」と主張して救助を拒絶、陸揚げさせた漁船をバリケードのようにして事実上の籠城を始める。強制退去を意図して隊員が近づけば漁民は鈍器を構えて抵抗してきた。その正体は訓練を受けた武装漁民であり、陸軍の特殊部隊並みに屈強な彼らに隊員たちは対応に苦戦する。

 そこに中国海警局の大型船が接近し、巡視船に対し漁民への有害行為をやめて退去しなければ攻撃を行うと警告してきた。「ここは日本の施政下だ」と海保隊員が反論するも、海警船は一方的な機関砲射撃を浴びせて巡視船を攻撃した。この攻撃により海保の隊員数名が殉職、損傷を受けた船は拿捕され残りの隊員たちが身柄拘束される。(尖閣諸島近海における中国公船発砲事件。尖閣発砲事件と略される。だが中国側は海保の巡視船が銃撃してきたと主張した)。

 日中緊張

 事件を受けて日本政府は隊員達の解放を求めるも中国政府は「日本は我が国固有の領土である釣魚群島(中国が主張する尖閣諸島の呼称)へ不当に侵入し、我が同胞の拉致を試み攻撃を加えてきた」として謝罪を要求。応じない場合は対抗手段をとると恫喝してきた。日本政府が対応を決めあぐねているうちに、日本国内に大規模なサイバー攻撃が行われ、マイナンバーが漏洩する事件が発生。日中間の輸出入がストップされて物流の一部が滞る。

 日本は隊員の安全を優先させて外交的解決を試みるも、中国政府は態度を硬化させるばかりで、要求を受け入れないなら安保理で訴え、国際的な圧力の下で解決を図ると主張してきた。島では愛国心に燃えた漁民たちが24時間尖閣に“駐留”し、それを守るように複数の海警船(実質海軍の駆逐艦)が入れ代わり立ち代わり領海内に居座り続けた。

 日本の妥協

 世界中で日中戦争の危機が叫ばれるが日本政府は事態の悪化を恐れて中国側の要求をのみ、尖閣諸島とその周辺の島々について共同開発を志向した交渉に応じることに同意した(日中東シナ海合意)。結果、海保の隊員は解放されたが中国人が尖閣諸島から引き上げることはなかった(中国による事実上の国境書き換え)。
 それ以降開発目的の中国工船が魚釣島に行き来し、海岸を埋め立てて大きな“漁港”と広大な滑走路を備えた”空港”が建設される(後に対空・対艦火器も設置され事実上の軍事施設となった)。これが後の台湾武力統一への重要な布石となる。

 米国

 リベラル派であるバルデン大統領は米国財政赤字の解消及び、医療と福祉、自然エネルギーを充実させるために軍事費の削減を断行する。その結果、インド太平洋地域において米軍は段階的な縮小を余儀なくされ、同盟国への負担を多く求めるようになっていた。順当に軍事費を増やしていた韓国に対しては、戦時作戦統制権の移管を前倒しで決定し、在韓米軍の大幅な削減ないし将来的な撤収が決定される。尖閣諸島に関しては日米安保の5条の適応対象と表明していたが、事件当時に自衛隊が動かなかったため静観せざるを得なかった。
 当初中国に対しては人権問題などで強い姿勢を示していたが、地球温暖化対策への協調や米国産穀物の輸出増加の為に、ポーカー氏が設けていた対中関税を段階的に廃止し、半導体を除いた多くの製品を解禁した。ハイテク製品が含まれないことから、技術的優位性は保たれると識者は豪語していたが、技術流出は日本や韓国を通して継続しており、その後の人工知能(AI)の研究は中国に先行され、格安のAIによる業務自動化ソフトが米国を含む多くの国々へ輸出されるようになる。

 バルデン氏は環境対策におけるノーベル平和賞を狙っていたが実現せず、任期終盤は米軍縮小と業務自動化によって生じた大勢の失業者に悩まされることになり、二期目に臨むこともなく任期満了の数日後に亡くなった(この時、テカムセの呪いが話題になり、任期満了且つ暗殺でないことから安らかなる呪いと呼ばれた)。

 なお、米国各地では韓国系団体が中国系団体の支援を受けながら、所謂徴用工問題について日本企業を訴えその資産を次々と差し押さえる。また、ハリウッドでは徴用工を題材にした作品が制作され話題を呼ぶ(作中で徴用工は戦時奴隷:Wartime Slaveと称された)。これに日本政府は遺憾の意を表明するも、実務者レベルでは何もしなかった。しかし、それがかえってやましい印象を米国民に広めてしまい、慰安婦問題の先例もあって韓国側の主張が受け入れられるようになっていく。その結果、一部の市では韓国系団体の後押しを受けて徴用工像が立てられた。

 日本

 大宏池会体制によって党内で確固たる基盤を築くことに成功した沖畑首相は参院選議席を減らしつつも、長期政権を見据えた人事を繰り返し、高部氏の派閥を完封し、彼が支援していた安一女史の総裁選への道も封じることに成功する。そして一時は強硬に傾きかけていた外交を中庸に戻すため、2022年冬に日中国交正常化50周年にかこつけた慣遠鋭国賓来日を周囲の反対を押し切って強行させる。そして一時は断交寸前に至ったロシア外交も西側に先駆けて修繕し、領土問題を事実上棚上げにした日露平和条約締結交渉を再開させた。当然中露から歓迎される反面、国内と西側諸国から批判を呼んだが、政局が安定していた沖畑にとって誰にも敵対しない「中庸」は彼にとってのアイデンティティだったのだ。

 そんな長期政権が確実視されていた沖畑政権だったが、翌年に起こった尖閣事件に大きく揺るがされる。事件当時、沖畑首相は最後まで海上警備行動を発令することはなかった。理由としては先方があくまで警察としての肩書を持っていたため、警察力としての出動であっても「警察相手に軍を出す」という悪印象を世界に晒し、国際世論戦で不利になる可能性があったからである。さらに国民のマイナンバーが不正に流出する事案(中国のサイバー攻撃によるものである)が多発しており、その対応にも追われていたのである。
 あまりの後手後手の対応と不甲斐なさに多くの有権者は心底落胆し、内閣支持率政党支持率が過去最低を記録する。しかし事件内容そのものは「たかが無人島」とばかりに重要視されず、ほとんどの人はマイナンバーの流出ばかりを問題視して国防に関心を示さなかった(その背景として中国の主張を鵜呑みにした日本の主要メディアの報道姿勢が挙げられる)。保守派も「島が奪われた責任は政権にある」と主張しながらも、今後の戦略については具体的な議論すらせず、憲法改正への議論が深まることさえなかった。

 東京と北京の二年連続の五輪後、日本全体の経済は武漢熱渦と1割消費税による購買力低下から抜け出せず、2018年の入管法改正以降に人手不足を理由に大勢受け入れていた中国系外国人労働者の不法滞在が社会問題となっていた。中国の制裁によってそれまで安く流通していた中国製品の多くが品薄になり、高値で転売する事例も発生していた。沖畑政権は事件後の経済の立て直しと日中関係正常化のために中国の環太平洋パートナーシップ(TPP)加入を容認し、同国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)と一帯一路に参加して国家間の経済統合に走った(その結果対中冷戦を睨んで高倍首相が作り上げた自由貿易構想は元の木阿弥となってしまう)。

 一方、沖縄本島では日中対立の影響で観光客が急減して経済的打撃を被っており、2018年から県知事の座にいたドニー氏はそれをネタに日本政府を批判して三期目に当選する事に成功した。他方で中国軍に不法占拠された島を管轄に置く石垣市や台湾に近い与那国島では中国の脅威を訴えたが、本島では相手にされず、日本政府には遠回しに移住を進められたのだった(しかし移住した者は殆どいなかった)。

 米国での日本企業資産差し押さえと反日映画、徴用工像の設立を受けて日本中で同国への不信感が募る。また事件当時の静観姿勢も問題視され、同盟関係を見直す声が保守派の識者からも上がった。

 防衛面では就任当初盛んに話題になっていた「敵基地攻撃」について「中韓を刺激する」という理由からトークダウンしており、慣主席の国賓来日時の共同声明「日中両国は争わず共存する」の名目の元、長距離射程の対艦・対空攻撃を可能にするスタンドオフ兵器の殆どが試作品の段階で中止される。ミサイル防衛(MD)に関しても米国の中距離弾道ミサイル配備を拒絶し、イージス艦も新造二隻の代わりにこんごう型二隻を控えにする八隻体制の継続を決定した。唯一MDの目玉として強調したのが電磁砲の開発だったが、米国との共同開発が難航(米国側が予算を削ったのが原因)し、先に中国により実戦配備されたことで優位性を殆ど示せなかった。

 また独自の早期警戒衛星の開発や、いずも型DDHのヘリ空母の改修も進められていたが、日本の国防を歪曲して解釈したメディアの扇動によって、防衛費の増額にブレーキがかかり計画が遅れに遅れる。そして事件後に行われた衆参両院選挙によって自民党が下野した時にすべてが白紙に戻されることとなった。そのためアジアの軍事バランスはどんどん中国優勢になっていった。

 中国

 国内では日本に外交的勝利したことに国中が沸き記念日が設けられ、慣遠鋭国家主席の神格化が加速する。一方、台湾に対しては民進党が対中軟化したことにより一時的に緊張緩和を演出する。しかし、水面下では海峡両岸サービス貿易協定の進展を要求するなど、統一へ向けた政治圧力をかけ過ぎたためにまたしても台湾内での反発を呼んでしまった。
 慣首席がより一層の海軍発展を命じたことで軍艦建造が盛んになった他、本格的な宇宙ステーション建設が計画される。また、超低高度を飛ぶ極めて高性能な光学偵察衛星「神眼」の開発に成功し一号機が打ち上げられた。
 経済ではAIによる業務自動化(一部のシステムは米国企業から産業スパイで得られたとされている)が世界中に輸出された為、関連企業は好景気となる。だが自動化を国内の企業が取り入れた場合、人民の雇用環境が脅かされる可能性があった。そこで当局は人民雇用法を改定し、外資系を含めた全企業に対し毎年の新卒者採用を厳命する(この頃、外資系の企業関係者は当局の監視を受け事実上の軟禁状態に置かれていた)。
 だが、自動化を率先して取り入れたのは他ならぬ国営企業であり、こちらは法律の抜け穴を利用して工場のオートメーション化はもとより農場のロボット化をどんどん推し進めていく。結果、人民の雇用環境は悪化の一途をたどりあぶれた労働力は日本へと向かっていた。

 朝鮮半島

 日本が中国に敗北したことでお祭り騒ぎ。特に韓国では猿(日本)が虎(中国)にお仕置きされる絵が大ヒットとなり「暴日膺懲(暴虐な日本を懲らしめよ)」が合言葉になる。
 前政権と違って保守派と言われた新韓国大統領は米国や日本との関係重視を謳いながらも、米国に対しては中国やロシアとの等距離外交を堅持し、日本に対しては徴用工問題について裏合意による譲歩を求め、通貨スワップの再開も実現した。
 だが国内でエスカレートした反日機運は制御できず、政治家の間では与野党関係なく強硬論が浮上し、竹島上陸が頻発した他、日本に対して天皇訪韓謝罪要求の決議を採択し、日本の親韓派を愕然とさせた。結果、官民合わせた日韓関係はむしろ悪化していき外交ルートでは外務次官級の対話でも常に平行線だった。
 下野した前政権政党はさらに強硬派になり、中には日韓基本条約の破棄を訴えたり、対馬侵攻を訴える者も居た。
 経済では日韓通貨スワップ再開で持ち直し、半導体産業スマホ市場で優位を保ち、EV産業にも乗り出した。この事業は米国の思惑と裏腹に中国市場にも手を広げており、輸出規制していた他の国を横目に大きな利益を得ていた。また新しく設立された資源開拓企業が竹島周辺でメタンハイドレートの試験的採取を行う(日本の抗議を受けるが当然無視する)。
 対日本を念頭に置いた軍拡が左右関係なく支持され、潤った経済をてこに軍事費が日本を上回るほどに増大し、空母や原潜等が積極的に建造される。その努力が認められ米国から戦時作戦統制権の移管が前倒しで決定された。

 台湾

 世論は日本が中国に譲歩したことに大いに失望し中国に対する警戒が強くなる一方、殺されるよりは恭順すべきという主張もより多く聞かれるようになった。それに押される形で民進党は対中自立路線を維持するも表面上は軟化した姿勢を示さざるを得なくなる。

 しかし、外交筋での海峡両岸サービス貿易協定(2014年以降批准していなかった協定)の批准や「一国二制度」受け入れの要求など露骨な統一攻勢により台湾市民の反発がいよいよ高まっていく。その上「間もなく祖国(中国)に統一できる」という国民党党員の失言がSNSで波紋を広げてしまい、学生運動が再加熱した。
 その民意を無視できない民進党では制憲・正名を公約に掲げた党員が党首に選ばれ、次期総統選に出馬することが決定する。当然これは中台間の緊張を高める要因となり、後の台湾侵攻の発端になる。

 ロシア

 ウクライナ侵略に対する欧米から強烈な経済制裁によって経済は大きく低迷していた。しかし一方でジーミル大統領への支持率は高い状態を維持しており、軍事費への国費の投入に歯止めがかからなかった。一方、ジーミル政権の強権的体質や過剰な軍事費増大に反対しデモを行う国民も一定数居たが、ジーミル支持派の攻撃や不審な事故死によって徐々に数を減らしていった。その結果、大統領選では圧倒多数の支持を得て5期目に突入した。
 ウクライナ戦争は依然として継続しているが部分的には休戦状態に近かった。チャイナマネーに影響されたウクライナ大統領の親中発言によって同国への支持が減り、ロシアの国際社会での地位が回復する。これを契機にジーミルは経済を復活させ、ジョージアモルドバを征服ウクライナ泥沼による汚名を返上する。

 

 

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(2019/9/3 項目及び事件名修正「石垣事件→石垣島上陸事件」、9/13 記事を分離、本文一部修正、10/2 本文一部加筆修正、11/1 再び事件名を改め内容を修正「石垣島上陸事件→尖閣発砲事件」、11/22、11/27 台湾に関して内容を修正、12/3 リンク添付)

(2020/1/11 見やすく修正、2/14 台湾総統選を前の記事へ前倒し、6/24 事件内容や日本国内状況について加筆修正・誤字修正、2020/0710 リンク追加、2020/8/9 リンク追加・米民主党大統領のモデルを変更、同日 画像追加)

(2021/2/18 中国海警法の真意に基づくシナリオに修正。バルデン政権の対中政策を修正。日本の内情に自衛隊を出せない理由を明記,3/3 防衛出動を海上警備行動に変更)

(2022/2/4 韓国大統領の描写を変更、台湾世論に関する記述を修正、2/5 米国と日本に関する記述を大幅修正、2/18 ロシアに関しての記述を追加、3/5 日本の外交について追記、4/3 ロシアの北欧政策について記述を修正、5/16 韓国やロシアについての記述を変更、2022/6/8 メインシナリオと韓国に関する記述を一部修正、6/9 ロシアに関する記述を修正、6/15 ロシアに関してフィンランドの記述を取り下げ)

戦争の始まり~ウクライナ戦争と東沙事件~(改題。またかなり手直ししました)

※この作品は作者の独断と偏見による戦争シミュレーションです。実際の人物、国、民族は関係ありません。

前回はこちら

 

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 武漢熱の変異株が未だ世界に萬栄し、世界経済が疲弊する中、権威主義による不安定化が始まっていた。民主主義諸国の厳しい視線の中行われた北京五輪は米国のバルデン大統領を筆頭にした政治的ボイコットの意義こそ示されたものの、その後の「五輪の政治化」を批判した中国の宣伝戦によって矮小化されてしまっていた。

 そんな「平和の祭典」の中、ロシアのジーミル政権はウクライナNATO入り阻止を口実に、ベラルーシと大規模な軍事演習を開始し、2014年に武力侵攻したウクライナ東部のドネツク・ルガンスク国境沿いからクリミア半島周辺まで、ウクライナを半包囲するかのようにロシアの大軍を仰々しく配置して緊張を高めていた。

 ロシアのウクライナ侵攻

 2022年2月××日、極度に高まった緊張下の中、米メディアから「ロシア軍侵攻予定」の報道が走る。実際ジーミル政権はこの日の武力行使を狙っていた(実際前哨戦として大規模なサイバー攻撃が行われていた)が、米国の情報機関CIAによって探りを入れられていたのだ。奇襲の出鼻をくじかれたロシア軍は演習終了を理由にベラルーシからの撤退を始める。西側の一部メディアはこれで戦争が回避されたと報じた。

 しかし、北京五輪終了間もなくロシア軍がウクライナへの攻撃を開始する。既に支配下に置いているドネツク、ルガンスクの両地域を独立国として承認し、安全保障協力と称して堂々とロシア軍を進軍させる。最大19万もの軍事力の投入は第二次世界大戦以来見ることのなかった事態であり、世界中の目がウクライナ東部に集中する。

 だがウクライナを陥落させる本命は、その仰々しいかつ古典的な大軍ではなかった。ベラルーシに残存していた数万の精鋭部隊だったのだ。戦闘開始から間もなくロシア―ウクライナ国境沿いに配置されていたイスカンデル短距離弾道ミサイルによってキエフウクライナ軍施設への通常弾攻撃が浴びせられる。そしてあろうことか1986年の事故以降立ち入り禁止になっていたチェルノブイリを突っ切って、最短ルートで首都キエフに迫ったのである。

 しかしウクライナ国民は勇敢であった。絶望的な国力差でもめげることはなく、侵攻してきたロシア軍を迎え撃つ。そして首都制圧の任務を担っていた露軍精鋭部隊のヘリを撃墜することでロシアに長期戦を強いることに成功する。米国のバルデン大統領を始めとした西側諸国はロシアを非難し強力な制裁を段階的に行い、ウクライナに武器などの支援を行った。この動きには北欧のノルウェースウェーデンフィンランドも加わった他、中立国スイスも参加するようになる(このことは後にロシアの北欧攻撃の動機となった)。
 まるで四面楚歌に陥ったロシアだが、ジーミル大統領に諦めの色はなく、停戦交渉しながらもウクライナ各地へ無差別のミサイル爆撃を繰り返した(子供がいる産婦人科や学校も容赦なく攻撃し多くのウクライナの子供が殺された)。特に激しかったのはクリミア半島ウクライナ東部のドンバス地方を繋ぐ要所であるマリウポリで、市民の抵抗を容赦なく粛清した上、局所的な化学兵器を使用してウクライナ兵士と多くの市民を惨殺した(一部ではロシア兵士も巻き込まれた報告もあり、史上最も残酷な作戦と後世に語り継がれる)。死屍累々となったマリウポリを手に入れたロシア軍だったが被害も大きくオデッサ侵攻を目的としていた黒海制海権を守護する艦艇が被害を受け、首都攻略軍を始めいくつかの方面の軍は押し返される事態となり、戦争は長期化する。
 ロシア軍の余りに惨すぎる行動に西側が非難の声をあげ、ロシアの戦争犯罪を問う動きもあったが、ロシアは敗戦していないことを理由に一切を拒絶。停戦も自分たちが獲得した領土の主権をウクライナが認めないことを理由にひたすら戦争を継続しようとする。ジーミル大統領は同戦争を祖国大戦争になぞらえて武力行為を正当化し、西側の干渉は「核戦争を意味する」と恫喝した(この恫喝がもたらす実質的効果が後の中国の軍事作戦にも影響する)。

 

 中国軍東沙諸島攻略

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 ウクライナでの出来事の衝撃が鳴りやまぬ2022年×月××日、中国軍の爆撃機を中心とした飛行集団が台湾島南西に侵入し、突如東沙諸島に対する爆撃を敢行した。これによって現地に駐在していた台湾の海岸巡防暑署員や台湾軍人の200名のうち半数近くが死傷する。その後、武装した海上民兵によって同島は占拠され、生き残っていた台湾人は「テロリスト」として身柄を拘束された。

中国報道官は「わが国固有の領土を不法占拠している独立主義者を排除した」として攻撃の正統性を主張。他国の介入は「核戦争の引き金になる」とロシア同様にけん制した。

 ロシアに続く中国のあまりに露骨な軍事行動により世界中に緊張が走るが、米国は日本と共に「深刻な懸念」を表明するに留まり、ウクライナ戦争と同様、不当な武力行使の撤回を求めて経済制裁と台湾支援をするだけだった。結果的には中露による力による現状変更に当代の覇権国家が対処できない大事件として後世に語り継がれることになる。

 その後東沙諸島を実効支配し、事実上の勝利をつかんだ中国は強引な埋め立てを行って島を拡張して、潜水艦も寄港できるほどの軍港を建設する。島内の建物内に臨時台湾省特別行政区を設置して「これこそが正統な中国台北政府であり、今台北にいるのは独立主義者に占拠された欺瞞の政府だ」と主張した。

米国

 ポーカー氏の後任として民主党のバルデン氏が就任する。彼は国際協調を公約に掲げ(ポーカー氏のせいで)分断されていた米国を団結させると謳った。しかし実際は思うように事が運ばず、平和の象徴として実行したアフガニスタン撤退はタリバン復権という屈辱的な結末を招き、支持率を大きく減らす(バルデン自身はこれでノーベル平和賞受賞を夢見ていた)。支持率回復の為、脱炭素政策を大々的に掲げて西側諸国を巻き込み、空前のオイル高を引き起こす。

 対中国に対して、当初は人権問題や台湾問題で政治的圧力をかけ、慣遠鋭政権が形だけでも軟化の意を示せば緊張緩和を演出するつもりだった。しかし慣政権が強硬の姿勢を変えない為、ポーカー前大統領の残した対中包囲網を踏襲することになり、負担軽減を日本に求めるようになった。しかし日本の中国に対する態度が曖昧なため、地域安定化の為に対中強硬を演出し続けることになり、北京五輪を政治的ボイコットするが追従国が少なかった。

 五輪直後に起こったロシアのウクライナ侵攻前には制裁を警告しながらも軍事的支援は一切行わず、侵攻時には仰々しくも制裁を小出しにする事(戦略上好ましくないとされる)によって一時は多くの国の協賛を得るが、戦争が長期化するごとに協力する国は一つまた一つ減って、NATO諸国と日本だけになってしまう。さらにその後の東沙事件でも同様に静観する結果となり、「落ち目の米国」を決定的に印象付ける不遇な大統領として名を残すことになる(中露による二方面作戦を強いられたのが原因と後世では指摘されている)。

日本

 総裁任期一年残して辞任した高部の後に元官房長官元号発表の顔になっていた須賀氏が首相就任した。高い実務能力で武漢熱対策に取り組み、諸外国に出遅れたにもかかわらず急速なワクチン接種率の拡大を実現した。結果死者数も他国より抑えられたのだが、自粛による経済低迷が響き支持率を落とす不遜な結果となり、総裁選不出馬を決定して退く。その後総裁選で勝利したのは親中派で有名な宏池会の領袖の沖畑氏だった。衆院選を切り抜けて改めて首相の座に就いた沖畑氏は宏池会ゆかりのメンバーを中心に閣僚へ抜擢し、政局において高部氏を封じることを優先した。また米中仲介の幻想に嵌り、外相に中国との太いパイプがあることで有名な矢橋氏を任命し、米国の不信を買った。

 北京五輪に対するバルデン政権の政治的ボイコットには「国益を踏まえて判断する」と主張して距離を置き、慣政権をおおいに喜ばせるも、年明けの日米2プラス2で対中路線を踏襲した共同宣言を出したことで逆に怒らせてしまう。また自民党内の保守派と野党の突き上げにあって中国のウイグルチベット内モンゴル・香港での「人権状況」に懸念を表明する決議を採択。非難も名指しも避けたマイルドな決議だったが「尊敬される中国」像に固執する慣遠鋭の機嫌を損ねる。

 焦った沖畑首相は米国との軍事協力を計画レベルに留め、即時の具体的な軍事行動により消極的になる。同時期に問題になっていたロシアのウクライナ侵攻危機にもウクライナ情勢を巡る懸念の表明を決議していたが、やはり名指しの非難は避け、ロシアとの定例の経済協力の会合も実施する二枚舌ぶりを発揮する。
 しかしロシアが軍事侵略に踏み切ったことで方針転換を余儀なくされ、米国とNATOよりワンテンポ遅れながらもウクライナ支援や対露制裁に踏み切る(初動が遅れたのは当時外務省欧州局の職員が「ウクライナは遠い国の話」と高をくくっていたことが背景にある)。

 当時国内の第六波の感染拡大が起こっていたため、政治のリソースを国内のコロナ対策に力点を置いており、報道もそれ一色になっていた。そんな中二つの有事が立て続けに起こったことで、国民の間に現在の憲法や米国に頼った防衛政策に疑問の声が上がる。だが、ハト派としてのプライドがある沖畑政権は強硬姿勢を見せながらも「専守防衛」と「非核三原則」を堅持することを宣言し、米国と共に経済制裁と「懸念砲」だけで事を収めようとした。彼のこの戦後体制に拘る行動が中国の更なる増長を招き、後の尖閣発砲事件を誘発することになる。

中国

 強い権力志向を強める慣遠鋭主席は三期目の国家主席続投を狙い、既に憲法改正や腐敗撲滅運動による政敵を排除を済ませていた。また「共同富裕」を掲げ経済成長の陰で増長していた富裕層を粛清し、庶民の人気をあげようとしていた。しかし粛清はエンターテインメントにも及び、愛国者を名乗らない庶民にまで攻撃の手が及ぶ。この「腐敗撲滅」「共同富裕」「愛国ファシズム」によって強められた強権的統制は毛沢東時代以来の「21世紀版文化大革命」と後世に語り継がれる。

 慣主席が目指していたのは毛沢東と同じ「中国共産党中央委員会主席(党主席)」の復活であり、中華帝国の復興であった。そのためには秋に行われる共産党大会へ向けて毛氏に比肩する「国史に残る大きな戦績」が必須であり、その標的として台湾と日本に狙いを定めていた。東沙事件後、国内では「祖国統一への小さくて大きな一歩」だと大々的に喧伝し、秋の党大会ではこの戦績でもって慣遠鋭は晴れて党主席の座を手にしたのである。

 なおロシアのウクライナ侵攻時は五輪直後であったにもかかわらず、これを非難することはなく同国の主張を支持した。また同じ頃、インドとの国境沿いにある小国ブータン王国の西側の領土に勝手に侵入し、多くの漢人を入植させている。これが後のアジア最大の戦争と言われる中印戦争の下地となった。

朝鮮半島

 韓国国内では大統領選の最中であり、保革対立の再来となっていたが「日本を仮想敵国とし、没落する米国から離れ中国に接近する」という大局を変えることはなかった。一方北朝鮮武漢熱による経済の低迷が深刻な状態であったが、中露を援護するため、ひっきりなしにミサイル試射や核実験を繰り返して日米を挑発し続けた(ロシア軍のイスカンデルによるキエフ攻撃は派生型を生産する北朝鮮にとって大きな兵器ビジネスのチャンスを広げる恩恵をもたらした)。いずれにせよ朝鮮半島の両国はもはや西側の一員ではなかったのである。

台湾

 日米に見放された形になった台湾には動揺が走り、才台文総統は「中国の圧力には屈しない」としながらも単独での失地回復は断念せざるを得なかった。また臨時台湾省特別行政区の設置の衝撃も(諸外国が真に受けなかったのに対し)大きく、親中派の間から「このまま戦争になるよりは恭順すべき」という主張がでて物議をかもした。

ウクライナ

 ロシアに支配された地域ではロシア軍による恐怖政治が行われており、反抗的なウクライナ国民の多くが強制連行され、サハリンなどに移住させられたりした。ドンバス地域には巨大な収容所(ロシアは職業訓練施設だと主張している)が建設され、多くのウクライナ人が収容されて拷問された末に死んでいった。その支配統治は中国のウイグル支配を彷彿とさせるものであり、数年後にはロシア内地から移住してきたロシア人が大多数を占めるようになっていた。
 占領を免れた地域では再建の真っ最中だった。停戦交渉の経緯の中でNATO加入を断念するも、西側や核保有する数国との安全保障条約を結んでロシアへの抑止力を得ることができたのだ。だが、都市再建時には多くのチャイナマネーが流れ込み、大統領もしばしば中国の人権問題について宥和的な発言をするようになる。それが台湾問題と相まって、徐々に西側の支持を失う形となり、ロシア復権のチャンスを与えてしまう。

 なお戦争中には多くのウクライナ人がルーマニアポーランドへ難民となって押し寄せたが、戦後は復興の為に母国に帰る者とその場で定住を希望する者とに別れ、西側で社会問題になった。

ロシア

 2000年から「強いロシア」をスローガンに掲げ、民主化を装いながら強権的体制を作り上げてきたジーミル大統領はソ連崩壊による地政学的失地の回復の為、ウクライナへの侵攻を計画していた(主にクリミアへの水道などのインフラ復旧が主たる目的で、ウクライナNATO加入阻止は見せかけの口実だった)。2014年のソチ五輪直後のクリミア侵攻での成功に味を占めた彼はウクライナ東部を支配下に置き、かつキエフウクライナ政府を親ロシアによる傀儡にすることを狙って、国を挙げた軍事行動を準備する。北京五輪直後、戦争に及び腰のバルデン政権の足元を見て軍を進め、兵士・武器・経済など多くの犠牲を払った末にウクライナ東部を軍事支配下に収めた(この時、兵力が手薄になった極東の海域に米空母が接近していたが、中国との秘密の連携を結んでいたため、一見無謀な賭けを実行できたと言われる)。

 その後、軍事支配下に置いた各地で内通していた親露派による暫定政府を設置し、形ばかりの選挙を経てロシアとの統合を志向した傀儡政府を樹立、ロシア軍の長期にわたる駐留を認めさせる。そして既に支配下に置いていたドネツクとルガンスクと共に正式にロシアへ編入し、多くの従順なロシア人達を移住させた。

 なおウクライナ侵攻時、長年武力占拠しているクリル諸島(ロシアが勝手に名付けた日本の北方領土)で大規模なミサイル訓練を行い、日米をけん制していたが、これを東沙事件時にも行った上、米国南方の国キューバや南米のベネズエラで大規模な軍事演習を行うことで中国をサポートした。ロシアと中国は共に「アメリカの時代」を終わらせるための最終計画に取り掛かっていたのである。

 欧州

 欧州はウクライナNATOに加入していないことを理由に介入はせず、財政支援と武器供与に限定されていた。特にドイツは十数年の脱原発政策や近年の脱炭素政策の為にロシアの天然ガスに依存する状態となっており、一時はウクライナへの武器供与などの支援を妨害したりまでした。フランス大統領がジーミル大統領と会談して緊張緩和を図るも、戦争を回避することはできなかった。

 実際に戦争が行われた際、そのショックにより、バルデン米政権と共に国連で対露非難決議を発議し経済制裁するなど、NATOとしての結束を見せた。しかし戦争が長期化するごとに徐々に結束は乱れていき、強い非難をしながらもロシアの暴虐を止めることはできなかった。東沙諸島については関心すら示さなかった。

 インド

 インドは長年欧米を信じず、冷戦時代も独自の核武装による「第三の道」によって非同盟政策を維持してきた。近年、強大化する中国に対抗するため、限定的ながらも日本や米国との連携を模索する。しかし、やはり集団安全保障には加盟せず、ウクライナ戦争に対しては中立の態度をとり、国連非難決議でも棄権してロシアに配慮した。この行動は日米との連携を浅くする結果をもたらし、中露による分断工作による各個撃破の餌食になってしまう。

 

 

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(2022/2/5 全文、米国、中国、朝鮮、ロシアに加筆修正)

(2022/2/17 ロシアのウクライナ侵略の描写を追加、軍事的シナリオは『青山繁晴チャンネル・ぼくらの国会第284回 ニュースの尻尾「戦争は起きるのか」』

https://www.youtube.com/watch?v=gbTjVYvRaHU

を参考、同日 カテゴリー変更、2/18 ウクライナとロシアの記述を修正、2/22 ロシアのウクライナ侵攻につき部分的に修正、2/24 ロシアのウクライナ攻撃の内容を修正、3/5 ウクライナ戦争についてのシナリオを現実へ修正、インドに関する記述を追加、4/3 シナリオを大幅編集、5/16 取り消し線部分を削除、ウクライナ戦長期化を念頭に記載を変更)

岸田さんの大逆転

 こんにちは、年が明けて一層寒くなってくる中、皆さんいかがお過ごしでしょうか。この頃暗雲立ち込める世界情勢ですが、少しでも人々に希望の光が見えるよう祈っております。

 アジア情勢に日米関係など目まぐるしく変化しています。1月7日、日本の林芳正外相と岸信夫防衛相は米国のブリンケン国務長官とオースティン国防長官と外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)を開催し共同声明を発表しました。

4閣僚は声明で、中国の新疆ウイグル自治区と香港における人権問題について「深刻な」懸念を示したほか、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調した。(出典:日米2プラス2共同声明、中国の動きに懸念表明 台湾海峡の安定強調,ロイター通信電子版,2022.1.7.,

https://jp.reuters.com/article/idJPL4N2TN0FM

 その内容は昨年3月に開かれた2プラス2同様、中国を名指しした「深刻な懸念」表明となっており、南西諸島と台湾海峡の平和と安定のためにより踏み込んだ防衛協力が盛り込まれています。

 なら日米同盟は盤石だ、バンザイと官邸をはじめ日本のメディアの大勢は思っておりましたが、実際はそうではないようです。

岸田さんが訪米できないたった一つの理由

 その象徴として岸田首相が政権発足以降「早期の訪米」に意欲を示しながらなかなか実現しないことが挙げられます。公式には武漢南アフリカ変異株(オミクロン株)を理由に挙げていますが、信じる人はいません。なんせ昨年4月に菅前首相が訪米してバイデン大統領と間隔を十分に開けた上で首脳会談していますからね。あの時も米国では武漢熱の変異株の感染拡大が問題になっていましたから、今とどう違うんだって疑問がわいてしまいます。

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昨年は武漢熱の最中でも日米会談が実現した(写真は外務省HPより)

 もうすでに保守系メディアやブログでは取り上げられていますが、理由は米国が岸田政権に不信を抱いているからです。焦点はズバリ「対中政策」。いや、バイデン政権の「対中政策」もどうなんだよと思わなくもないですが、そんな彼らでも岸田さんの対中姿勢は怪しく見えるのです。

不信の米国、政局の岸田

 まず米国が岸田政権に疑念を抱く最大の要因は林芳正外相の起用です。日中友好議連の会長であった彼は中国との深い繋がりがあり、人事が発表された当時も日本の保守層から懸念の声が上がっていました。

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林芳正外相 外務省HPより

 彼を起用した岸田首相の胸の内と米国の反応について、参議院議員青山繁晴さんは11日の「ぼくらの国会」で以下のように話しております。

 でもっと具体的に言うと、これは誠に申し訳ないけど、林芳正日中友好議連会長を外務大臣にしたことについてアメリカが納得してないんですよ。それで僕はですね、例えば総理経験者と話していても「あの人事は間違いだ」と言う人はいてですね。で、一応岸田総理とも議論はしますから、これはもう言ってしまってますけど、やっぱり岸田総理は人と議論することもやぶさかでないのは本当ですよ。

 したがって日中友好議連の会長を任命したに等しいけど、それは会長は止めてもらっているし、中国と非常に林さん親しいのは事実だけど、アメリカの人脈もあるっということを少なくとも岸田総理は期待して、で岸田総理の本音は……これは僕は勝手に言いますけど、明らかに米中の間の仲介役になりたいんです。

(中略:米中が激突している話。中庸を目指す岸田総理がその仲介を目指すが、それは間違いだという青山さんの主張)

 したがって林芳正さんはアメリカにも中国にも人脈があるという考えで、外務大臣に起用した。同時に岸田さんは意外なほどに鋭利な計算をして、派閥の力学で、要するに安倍さんの派閥……96人いる、それを「押し込みたい」と。それも押し込んでいるように見えないように押し込みたい。でこうする(強く押しのける動き)じゃなくて、岸田流でこう(囲い込むような動き)したいわけです。それで安倍さんにもこう(囲い込むような動き)なっている。

(中略:自民党の重鎮の間で安倍嫌いが萬栄している話、次期総裁を巡って世耕幹事長と二階家が争う話、孤立を防ぐため安倍さんが岸田政権の人事に文句を言えなくなっている背景を解説)

今のところ成功している形になっているから、岸田さんとしては林大臣の起用で「良かった」と、国内の政局上まず「良かった」

 それから林芳正さんは非常に慎重な人なんで、話しぶりが慎重だと。ただし「中国に行きたい」っていう趣旨のことを言ったって……これは大事件でこれは大きなミスで……そのミスは未だに回復できていないんですけど、全体にはその後慎重に話しているから、岸田さんとしてはこれである程度「安定」しているという認識なんですよ。

 これが違うんです!アメリカちっともそう思ってないですね。(出典:【ぼくらの国会・第264回】ニュースの尻尾「岸田総理、バイデン大統領はなぜ会わないか」,青山繁晴チャンネル「ぼくらの国会」,2022.1.11.,8:13-13:06)

www.youtube.com

 件の林大臣ですが英語が非常に堪能だそうで、「まず会って話を聞く」という外交スタイルなんだとか。

林氏が文科相だった時代、国際会議に出席した。外務省関係者は当時、「文科省じゃあ、英語資料の翻訳などが大変だろう」とうわさし合った。ところが、文科省の担当者はけろりとして「ああ、大臣からは英語の資料はそのまま渡してくれれば良いし、自分たちの資料も英語に訳す必要はないと言われてますから」と答えたという。今年11月17日にあった訪日中のキャサリンタイ米国通商代表との会談では、林氏はやはり、最初から最後まで英語で通した。事務方は当時、事前に日本語の説明資料とトーキングポイントしか用意していなかった。この会談後、林氏の会談には、少なくとも特殊な専門用語については英語の資料をつけるよう改めて周知徹底したという。

林氏を古くから知る関係者は「彼の頭は(政界入りする前に働いていた)商社マンそのものだよ」と語る。「彼はどうやったら利益を上げられるか、いつも考えている。そのためには、まず会って話を聞くというスタイル。別に中国や韓国におもねっているわけじゃあないんだけどね」と語る。(出典:「まず会って話を聞く」 知米派・林芳正外相の外交スタイルとは,Forbes Japan,2021.12.15.,

https://forbesjapan.com/articles/detail/44870

 そんなだから中国からの訪中の誘いもまさか『米中どちらにつくか?』の試金石とも知らずに「とりあえず行って、話聞いてみよ~」ってな軽い気分で「訪中の要請があった」と発言したのでしょう。これは日本の「古い親中」によく見られることですが、自分の価値観を相手国に当て込めて、そのように動く独善的な一例です。本人としてはバランスをとっているつもりなのでしょうが、表面的には背骨がないように見えるために自己主張の強い覇権主義権威主義へ意図せずおもねる形になってしまうのです。米国が圧倒的覇権を確保している内はまだ許されますが、米国が世界から引き、中国が台頭しようとしている今の時世では「俺は米国と縁を切って中国側に付くぜ!」という誤ったメッセージを出す最悪の外交スタイルです。それを命実に示すサンプルとなるのがすぐ隣にいます。韓国です。

 かの国は朴槿恵前政権の時代から「米中二股外交」を実施していました。いいえ、正確に申せば中国に媚びて米国を裏切り続けていました。

2015年 リッパート駐韓大使襲撃事件
(同年) アジアインフラ投資銀行参加
2016年 南シナ海判決に対し米国と歩調を合わせず
2017年 一帯一路サミット参加
(同年) 環境影響評価を理由にTHAAD配備を遅延
(同年) THAAD追加配備拒否を含む「3NO」を宣言
(同年) 米韓国防相の共同声明を一部否認した中韓合意文を発表
(同年) 米韓首脳会談の翌日、共同発表文の一部を否認・削除
2018年 平昌五輪に乗じて南北親善を演出
(同年) 圧力姿勢の米国を出し抜いて南北首脳会談

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 そして挙句の果ては軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を言い出し、日米との関係を最悪な状況へ陥れます。しかも繰り返し懸念を表明した米国に対して駐韓大使を呼び出して「自制」を要求……つまり「黙れ!」と言った他、大使のハリー・ハリス氏が日系人であることをあげて差別するなど、いよいよ反日反米の自制を失ったかのような所業に出ました。その後は武漢熱の萬栄によりうやむやになってしまいましたが、ハリー大使の後継が未だに候補さえ決められていない状況が今も続いています。もっとも、2019年から空席だった駐日全権大使が、ついこの間就任しましたから、単に指名作業が遅れているだけでしょうけどね。
 そんな韓国にとってバイデン政権のアフガニスタン撤退は当然衝撃的に映りました。最近では青瓦台の中国寄りを正すべきという声が出てくるくらいです。

 韓国でさえこうなのに、岸田政権の能天気ぶりは正直びっくりしました。外交と政局をごちゃまぜにして、政局がうまくいっているから「良かった」だなんて。日本の宰相の自覚があるのでしょうか?そんなに宏池会の領袖のお立場が大事ですか?

振るわぬ外交ボイコットの波、AIIBの悪夢

 今回年明けての投稿ですが、私は一つ反省しなければならないことがあります。昨年12月にバイデン政権が宣言した「外交的ボイコット」に対する認識です。この件について私は見かけに反してマイルドな行動と言い、やるなら直前の方でなければ「事前キャンセル」の如く矮小化されると主張しました。

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その考え自体には変わりはありません。実際、1月に入って共和党上院議員が「バイデン政権は中国に甘い」と言った批判を強めています。案の定と言ったところでしょう。
 しかもバイデン政権の「外交的ボイコット」に追従する国があまりに少なく、人権問題を理由としたボイコットを表明した国は米国の他にはオーストラリア、英国、カナダ、リトアニアの四か国だけでした(ドイツは外相らが個人的判断で出席を否定)。次期五輪開催国であるフランスはボイコットは「しない」と表明、スイスも政府関係者を派遣する意向です。中国の盟友ロシアもプーチンさんが出席を明言し、韓国もボイコットしない方針を固めています。アフリカなど第三世界諸国らは軒並み北京五輪の「支持」表明をしており、参加する目算が高いです。即ち「落ち目の米国とその追随国」の構図になってしまいました。こういった状況になったのならもはやボイコットの効果はほぼゼロになったと言えます。

 しかしそれでも外交上の関係という点を見れば米国のボイコットに追従すべきという保守派論客の主張は正しかったのです。というのも似た構図が今から7年前にもあったからです。何かわかります?アジアインフラ投資銀行(AIIB)の発足です。当時、中国が主導した国際金融組織に多くの国が加盟しました。中でも米国の盟友でかつG7で初の英国が参加したことは大きな衝撃をもたらしました。幸か不幸かその時バイデンさんは副大統領でした。彼にとってはトラウマものでしょう。

 ですがあの時参加せずに米国と共に踏みとどまった国が居ました。それが我が国日本です。それ以降、厳しさを増すアジア情勢の中で両国間の関係は一層深まり、我が国の防衛に大きく資したのは周知の事実です。それを踏まえて見てみればボイコットに参加したオーストラリアと英国は米国と新たな軍事同盟AUKUSに参加していることを思い出すでしょう。

 そうです。もはやこれは「スポーツと政治」という表面的な価値観の抗争ではなく、今後数年の安全保障を賭けた攻防だったのです。

怪我の功名で一転した岸田外交

 さて以上のところまででは岸田政権は米国の不信を買い、今後はオーストラリアと英国が米国と密接な安全保障体制を立てるようになってしまいそうでした。しかし、年が明けて状況が一変します。冒頭で触れた日米2プラス2です。同会合では軍事研究への協力も確約し、近年中国やロシアが開発し配備した極超音速滑空飛翔体(HGV)に対抗する方針も明らかにしました。

ブリンケン氏は研究開発協定について「極超音速の脅威への対抗から、宇宙での機能向上まで、科学者やエンジニアらが新たな防衛関連の問題について容易に協力できるための研究開発の協定を締結する」と説明。オースティン氏は「地域の平和と安定に貢献する日本の能力の高まりを反映し、われわれの役割と任務を深化させる」と語った。(出典:日米2+2、防衛協力強化へ研究開発協定,産経新聞電子版,2022.1.7.,

https://www.sankei.com/article/20220107-4UBTJFS3HJO63GOOZBPGPGE3UU/

 この会合に中国は激しく反発しました。同日、汪文斌報道官が「中国の顔に泥を塗った」と口汚く罵っております。

 

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 我が国の防衛が強化されることに敏感に反応するのはいつものことですが、どうやらそれだけじゃないようです。夕刊フジに面白い記事があります。

 さらに、「習近平国家主席が『岸田首相に騙された』と怒っている」という情報がある。問題は、岸田首相が昨年12月24日、やっと決断した、2月開催の北京冬季五輪に閣僚や政府高官を派遣しない、事実上の「外交的ボイコット」だ。
 続く日米情報当局の情報は、こうだ。
「中国は、岸田首相の決断を『外交的ボイコット』とは100%思っていない。逆だ。『密約通り、中国側についた』と思っている。岸田首相が『外交的ボイコット』とは絶対いわない。『新彊ウイグル自治区での人権侵害(ジェノサイド=民族大量虐殺)』を非難しないことが、その証拠だ。習氏は大喜びだった。メディアに『日本批判を中止して、岸田政権をほめろ』と、極秘命令を出していた。ところが、2プラス2の共同文書で、中国をたたいた。習氏は顔に泥を塗られた。中国国内の日本企業たたき、尖閣諸島急襲など、習氏が報復に走る危険がある」(出典:米国、極秘裏に日本潜伏の〝親中スパイ狩り〟 中国に「極超音速ミサイル」技術漏洩か 議員関与なら岸田政権は震え上がる事態,ZAKZAK by 夕刊フジ,2022.1.12.,

https://www.zakzak.co.jp/article/20220112-EP6Q3S5IVJP5ZH72K24EAETE24/

 この加賀さんの記事は刺激的で面白いものが多いわりにちょっと信憑性に難がありますが、岸田さんの決断したことが外交的ボイコットとは見なされてないのはその時の中国の反応から明らかですし、『中国側についた』は青山さんが言っていた水面下での圧力「アメリカを取るのか中国を取るのか、決めろ!」とぴたりと符合します。そして『騙された』の部分は日米2プラス2に烈火のごとく怒った汪氏の「中国の顔に泥を塗った」と趣旨が一致します。記事の内容が真実なら岸田政権は完全に中国を怒らせたことになります。その証拠に五輪が近づくにもかからわず、海警局による尖閣侵略は継続されており、15日にはとうとう領海に入ってきやがりました。

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 恐らく岸田首相も林外相もバランスをとったつもりでいたのでしょう。北京五輪でギリギリ習近平さんのメンツを保ってご機嫌を取ったから、軍事面で米国と踏み込んだ話してもいいだろうと思ったわけです。それが見事に失敗した形になります。まさに日本的外交……岸田さんが領袖を務める宏池会のかつてのプリンス、故加藤紘一氏の掲げた「日米中等距離外交」が破綻した瞬間であります。

 しかも時期を同じくして北朝鮮からミサイルが立て続けに発射されました。発射されたのはHGVであるとされ、中露に次ぐ脅威として新聞を賑やかせました。それに押されるように、岸田政権は「敵基地攻撃能力」の取得について言及し、ミサイル迎撃の先進技術として「レールガン」の開発を明言しました。

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www.jiji.com 敵基地攻撃について岸田さんは昨年の自衛隊への訓示や所信表明演説でも触れていましたが、あくまで抽象的に「あらゆる選択肢を検討する」の中にぼかされた形でした。それがレールガンのようにはっきりと「開発する」と言ったのは初めてではないでしょうか?まるで1983年にロナルド・レーガン第40代米大統領が演説で掲げた戦略防衛構想(SDI)のようです。日本版SDIですね。

 米中の仲介役になるどころか、逆に旗本を示す結果となりました。まさに失敗の成功、怪我の功名とはこのことです。

対中に色などない

 とまれ青山さんの話では“知米”を自負する林外相の米国の人脈は、中国のそれに比べれば限りなく少なく、バイデン政権の不信を晴らすには遠く及びません。覇権主義・反欧米姿勢を鮮明にする中国に対して、もはや政冷経熱即ち「軍事は米国、経済は中国」の外交スタイルで挑むことは困難になっていくでしょう。オーストラリアのように米国と密接な関係を維持するか、韓国のように中国側へ乗り換えていくか、決断を迫られることになります。香港の顛末を見ていれば、自由と民主主義を尊ぶ国民にとってどちらがいいかは考えるまでもないでしょう。今後は米国に残った不信をいかに晴らすのかが課題です。最悪、早期の内閣改造で外相を取り換えるしかないかもしれません。

 しかし心配なのは中庸(自称)に拘る岸田政権が、対中強硬は「安倍カラー」だと中国……習近平さんのご機嫌を取るため、国賓に招いたり、TPPへの参加を認めたりする可能性です。ちょうど元旦に中国や韓国との経済連携協定RCEPが発行して、参加国間の関税が撤廃されることになります。そこでなおも「だって経済は中国頼み」が頭に染み付いた人たちが活発化することは容易に想像できます。しかし、10年前はともかく今の中国(あと韓国も)はいつ何を口実で無理難題言われるかわからない状態になりつつあります。

www.jiji.com 昔のように相手を立てていればよかった時代から変わりつつあります。常に政治的要素を持ち込まれ、最終的には「日本人」というだけでひどい扱いを受けるようになるでしょう。ウイグル人のように強制収容所に入れられる可能性も出てくるわけです。

 対中政策に色などありません。国民の生活とアジアの自由と民主主義の為に成すべきことをやりましょう。

勇気を持とう岸田首相

 皆さんこんにちは、もうすぐ年末ですがいかがお過ごしでしょうか。

 24日、北京五輪について岸田政権は外交団派遣を見送り、日本オリンピック委員会JOC)会長の山下泰裕氏に東京五輪組織委員会会長である橋本聖子氏、そして日本パラリンピック委員会(JPC)会長の森和之氏を派遣することにしたそうです。二週間前に産経がすっぱ抜いた内容と大筋で同じであり、国内メディアは「事実上の外交的ボイコット」と書きました。

 政府は24日、来年2月から中国で開かれる北京冬季五輪パラリンピックへの政府代表団の派遣を見送ると発表した。事実上の「外交的ボイコット」で米国などと足並みをそろえる。東京五輪パラリンピック組織委員会橋本聖子会長と日本オリンピック委員会山下泰裕会長、日本パラリンピック委員会の森和之会長が出席する。(出典:首相「自ら判断」 政府代表団派遣見送り,産経ニュース電子版,2021/12/24,

https://www.sankei.com/article/20211224-C3ECY52AJJILVIW6JZZ5VYCOHM/

 かねてからも自民党の「護る会」からや安倍元首相、意識の高い国民の皆さんから「外交ボイコットすべき」の声が上がっていただけに「よくやった」と感じている方もいらっしゃるでしょう。安倍さんも「中国の人権状況に懸念を表明する同志国の戦列に加わることができた」と評価する声を上げています。

 しかし私は諸手を挙げて万歳できるような状況ではありません。その理由を私的考察を踏まえて皆さんと考えていこうと思います。

中国が怒らない三大理由

 外交団派遣見送りに際して私が引っ掛かったのは中国の反応です。米国や英国、オーストラリアやカナダの場合は「断固たる措置をとる」など、「教師面するな」など狂犬のように噛みついているわけですが、岸田政権の表明後は妙に穏やかなのです。 

www.jiji.com  別に相手が日本だから甘い対応をしたのではありません。今月初め、安倍さんが台湾の民間研究機関へのオンライン講演で「台湾有事は日本有事」と発言した時は猛抗議していますから。最近は戦略国家としての「ほほえみ戦略」を捨てているわけですから、割と正直になっている節があります。

 ならなぜ反発がないのか。理由を推察してみました。

  • 実質ダメージがないから
  • 橋本聖子氏が出席するから
  • 北京五輪支持を言わせる作戦がある

 以上の三つについて考察を述べます。

実質ダメージがない

 12月6日にバイデン政権が宣言した「外交的ボイコット」について当ブログでは見かけに反してマイルドな政策であると申してきました。過去に行われたボイコットは選手団も派遣しない「完全ボイコット」です。五輪の主役は選手であり、政治家が来るかどうかなどは開催にほとんど影響を及ぼしません。また「ボイコット」の表明も早すぎると、五輪開催時期が目前になるにつれて矮小化されていき、隅に追いやられてしまいます。

 

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 米英の「ボイコット」表明に中国が反発したのは、大国であるゆえの影響力を警戒していたことと、「強い中国」を内外に示すための「戦狼姿勢」によるものであって、「外交的ボイコット」自体には「招待していない」と言って切り捨てています。したがって日本が事実上の「外交的ボイコット」をしてもダメージがないのです。

 しかも岸田さんは派遣見送りの理由について「中国の人権問題」をにおわせながらも、「総合的に判断した」とぼかし、「ボイコット」の表現を意図的に避ける発言をしました。これでは正真正銘「事前予約キャンセル」以外の何物でもなく、同じく武漢熱対策を理由に外交使節団派遣を見送ったニュージーランドと同じです。

 さらに岸田さんは今回の表明と並行して「護る会」から申し入れられていた「中国の人権問題に関する非難決議」を見送りました。これではますますボイコットの意義が薄れていき、「二股外交」「対中宥和」と言われても仕方がない状況です(ニュージーランドでさえ「重大な懸念」決議はできています)。

www.sankei.com  たとえ実態が如何にナイーブであっても、「中国の人権状況を鑑みて閣僚級の派遣を見合わせる」と理由をはっきり言うべきではないでしょうか。「いうべきをいう」という言葉が看板詐欺になっていると感じるのは私だけでしょうか。

橋本聖子氏が出席するから

 岸田政権の表明後、各メディアは揃って「ボイコット」と称していますが、米英と違って派遣する人間は前述のとおりいます。そのうちの橋本聖子東京五輪組織委員会会長の派遣について「護る会」青山さんは反対を表明しておられます。

松野官房長官が、ようやくにして、北京五輪の外交ボイコット問題をめぐって政府の方針を発表されました。
 橋本さんは、主権者・国民に選ばれた国会議員です。
 国会議員は、政府の一員ではありませんから「政府の代表団は派遣しない」という方針に矛盾しないという政府の判断だろうと考えます。
 しかし、わたしは従前から申しているとおり、政府だけではなく国会議員の派遣も反対です。

青山繁晴の個人ブログ(書き加えました) 橋本聖子五輪組織委員会会長の派遣には反対します|青山繁晴の道すがらエッセイ/On the Road より引用)

「閣僚級を送らなければ米英と歩調を合わせられる」とした岸田さんのアリバイ政策に抜け穴があったのです。むしろ意図的に穴をあけたのでしょう。というのも今年の夏に日本が開催した東京五輪に出席した苟仲文氏は閣僚級と呼ばれていますが、それは日本における「閣僚」とは違うのです。前掲の時事通信にはこうあります。

 日中は政治体制が異なり、苟氏は政府の閣僚級とはいえ、政府を指導する共産党では上位約200人を占める中央委員の一人という位置付け。一方、北京五輪に出席する日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長は五輪組織トップとして苟氏と同格で、橋本氏は参院議員も務める。中国側のメンツはほぼ保たれた格好だ。(出典:中国、橋本会長らを「歓迎」 対日批判は抑制―北京五輪時事通信電子版,2021.12.24.,

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021122400884&g=int

 苟氏が局長を務める国家体育総局は中国の国務院(日本でいう内閣)の直下の特設機構です。つまり大臣格よりは下ということですね。

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中国国務院の組織図


そして国家体育総局局長は中国オリンピック委員会主席を兼任しており、事実上五輪開催の責任者としてカウンターパートを成立させているんですね。だから中国側は「歓迎」という言葉を使えたわけです。

北京五輪支持を言わせる作戦がある

 ワシントンの顔を立て、北京のメンツも保つ。日本的外交ここに極まれり。これで万々歳で済めばいいですが、岸田さんの下心なんて米中両国にバレています。特に中国の方はこれで納得したわけではないようです。以下は産経新聞が報じた中国の反応ですが、本音をわかりやすくまとめています。

www.sankei.com 相互主義の名のもとに「北京五輪を支持しろ」と。これ前記事で青山さんが伝えていた水面下の交渉での要求そのものですよね。

 まず、ぼくの責任で申しますけど、ぼくなりの情報活動でぼくは確認できていると思っているのは、中国からすさまじい圧力がかかっている。水面下で。その圧力が、中国はしたたかだから、非常にシンプルに圧力をかけていて、一言で言うと「アメリカを取るのか中国を取るのか、決めろ!」と。もう、曖昧は許さないと。その象徴として「北京五輪を支持」して、「支持」をはっきり言えと。それでアメリカやイギリスが匂わせているような「外交ボイコット」は絶対するなと、ちゃんと地位の高い外交使節団を送って来いと。つまり開会式閉会式に合わせてですね。特に開会式に合わせて。それでそれを通じて中国共産党としては日本がアメリカを取るのか中国を取るのかどっちの決断をしたのか判断すると。(出典:【ぼくらの国会・第251回】ニュースの尻尾「対中宥和はダメっ!」,青山繁晴チャンネル・ぼくらの国会,2021.12.04.,1:20-2:21,https://www.youtube.com/watch?v=YMXH5kRfXec

https://hatoyabu01.hatenablog.com/entry/2021/12/09/123730

 するなと言われていた外交的ボイコットはしたことになっているけど、前述の通り実態は中国が送ったのと同格の役員を送ることになっていますから一応要求に応えていると言えます。それで「北京五輪支持」をしてしまえば「ボイコット」などどこか行ってしまうでしょう。

 これは私の予想ですが、中国側には作戦があるんじゃないかと思います。それは年始の林外相の電撃訪中です。11月の日中外相電話会談の時に「訪中の要請があった」と林外相は21日のフジテレビのインタビューで発言しています。中国にとっては狙いどころであり、「五輪開催までには決めろ」と言ってきても不思議はありません。そして訪中してしまえば五輪の話題を避けるわけにはいかず、「北京五輪の成功を祈っている」と言った時点で「日本は北京五輪を支持している」というプロパガンダが世界中に出回ります。そうなれば米中双方の顔を立てた岸田政権の政策は砂上の楼閣の如く崩れ、「従中政権」のレッテルを貼られることになるでしょう。

米国の不信、日本の勇気

 既に米国側は岸田政権に対し不信を抱いているそうで、政権発足二か月になっても未だに訪米を実現できてません。それどころか来月7日に予定している日米安全保障協議委員会(2プラス2)での訪米も見送りになり、オンラインでの協議となるそうです。

www.sankei.com 理由として米国内の武漢南アフリカ変異株(オミクロン株)の流行をあげていますが、ならば4月に訪米した菅前首相は何なのでしょうか。あの時だって米国内は武漢熱流行の最中です。テレワークが発達したご時世ですが、実際会うことの大切さは人づきあいの悪い私でもわかります。そして気になるのは予定されている2プラス2が実は年内に開かれるはずだったという事実です。

日米両政府は3月に東京で2プラス2を開催した際に発表した共同声明で、共通の優先的な政策に関する取り組みを強めるため、年内に再び2プラス2を開催するとしていた。しかし、日米間の調整が進まず年内開催を断念。1月7日に開催する方向で調整していた。(出典:〈独自〉外務・防衛相1月訪米見送りへ 日米2プラス2はオンライン形式,産経新聞電子版,2021.12.24.,

https://www.sankei.com/article/20211224-VKBKNEXULZNQRCXMDEU4FIVDMQ/

 協議では具体的な装備や役割分担を話し合うことから、昨今沖縄で話題になっている米軍の中距離ミサイル配備の話も出てきそうです。さらに加えて記事にはこうあります。

また、3月に2プラス2を開催した際の共同声明では台湾海峡の平和と安定の重要性を盛り込んでおり、台湾有事の際の米軍と自衛隊の対応に関しても意見交換するとみられる。北朝鮮の核・ミサイル開発への対処も議題となる。(前掲)

 台湾有事です。ここで安倍さんが「台湾有事は日本有事」と発言した時に中国が烈火の如く怒ったのを思い出してください。台湾を併合したいかの国にとって、日米が介入してくるほど困ることはありません。当然岸田政権にも「台湾問題に介入するな」と圧力をかけているわけで、その影響が米国との調整にも表れていると考えるのは邪推でしょうか?

 この際、北京五輪のことはもういいです。もう日本が中国に宥和しているのはバレていますから、橋本議員が行こうが最悪林外相が出席したっていいですよ。その代わり、台湾政策ではしっかりと米国と歩調を合わせてください。二股外交をするからには、米国を怒らせるだけでなく、中国をも怒らせる覚悟を持たなければなりません。でなければ韓国のようにルビコン川を渡る破目になります。韓国は中国の属国でも生きて行けますが、日本はそうではありません。

岸田首相に勇気はあるか

 皆さんこんにちは、最近冷え込んできましたがいかがお過ごしでしょうか。 世間では岸田政権が発足して一か月、給付金やオミクロン変異株などでワーワー言っている今日ですが、激動へ向かう世界情勢は待っていてはくれません。12月6日、米国ホワイトハウスのサキ報道官は2022年2月に行われる北京五輪に選手以外の外交使節団を派遣しないことを決定しました。所謂「外交的ボイコット」です。日本でも同様に「外交的ボイコット」を求める声も上がっており、岸田政権の対中政策が問われる事態となっております。外相に親中で名高い林芳正氏を起用し、日本版マグニツキー法の見送りを鮮明にしている状況で岸田氏に大々的にボイコットする度胸はないと考え、ツイッターにも悪い予想を書きました。

 これはあくまで悪い”予感゛であって、派手に外れてくれたら万歳三唱するつもりです。私は預言者ではないので。けれど万歳と言えないような別な悪い予感もしてきました。

 勇ましい対中融和のバイデン

 まず、世界に先駆けて「外交的ボイコット」踏み切ったバイデン政権ですが、見た目のインパクトは裏腹にその行動はとてもマイルドなものです。ボイコットの理由に人権問題を上げていますが、人権団体は一年も前に北京での開催自体に異議を唱えていたはずです。

 160を超える世界中の人権団体が連名で国際オリンピック委員会(IOC)に書簡を送り、2022年冬季五輪の北京開催を撤回するよう訴えていたことが11日までに分かった。中国政府による大規模な人権侵害が疑われる現状を撤回の理由に挙げている。

IOCのバッハ会長あての書簡では、新疆ウイグル自治区チベット、香港、内モンゴルにおける中国政府の活動に言及。冬季五輪の開催国としてふさわしくない状況が確認されているとの認識を示した。(出典:22年冬季五輪、中国開催の撤回を 160超の人権団体がIOCに訴え,CNN電子版(CNN香港),2020.09.11,

https://www.cnn.co.jp/showbiz/35159444.html

 例によって親中のバッハ会長に足蹴りにされたんでしょうが、それを差し置いてバイデンさんの英断とは言えないわけですよ。選手団は送るって言うことは開催を認めるってことですからね。1980年のモスクワ五輪においてはソ連アフガニスタン侵攻を理由に日本を含めた西側で全面ボイコットをしました。これじゃウイグル人権問題はアフガニスタン侵攻よりは些細な問題ってことになりますよ。

 もちろん「平和の祭典」たる五輪に政治を持ち込むべきでないという主張は理解できるし、この日の為に日々己を磨いてきた選手の方々の思いを踏みにじるのはよくないことではあります。中国も「五輪の政治化」を批判してますが、五輪を政治利用しているのは他でもない彼らですよ。全体主義国にとって五輪は政治プロパガンダの舞台でしかありません。ソ連然り、ナチスドイツ然り。

 また同じボイコットでもタイミングで印象はだいぶ変わります。相手に打撃を与えるのが本来の趣旨ですから、やり方次第ではただの「事前キャンセル」になってしまいます。特に今のような早いうちに宣言するのは、世界に先んじたインパクトはある一方で、以後開催には文句を言えないことになりますから中国側にとってはダメージを抑える余地があるのです。その証拠にホワイトハウスでボイコット検討を表明している間に中国のメディアは「そもそも招いていない」と北京五輪関係者の「主張」を表明しております。

2021年11月29日、中国メディア・環球網は、米国などの政治家が来年の北京冬季五輪の「外交ボイコット」を主張していることについて、北京五輪の関係者が「そもそも招待していない」と語ったことを報じた。

記事は、近ごろ米国なと一部西側諸国の政治家が頻繁に北京冬季五輪の「外交的ボイコット」を口にしていると紹介。一方で、北京五輪の関係筋が29日に「ホスト国である中国は、これまで米国の政治家に北京五輪の招待を出していない」と語ったことを伝えた。(出典:米国などの北京五輪外交的ボイコット検討に、中国「そもそも招待してない」―中国メディア,レコードチャイナ,2021.11.30.,

https://www.recordchina.co.jp/b885797-s25-c100-d0193.html 

 こんな予防線を張られた上でのボイコット宣言ですから「売り言葉に買い言葉」程度の打撃に留まったわけです。中国外交部・趙立堅報道局副局長は「断固たる措置を取る」といきり立っていますが、せいぜい五輪期間中での米閣僚の入国禁止(意味ない)か、米国都市への五輪招致の未来栄光協力しない表明(意味不明)なものになるでしょう。まだダメージは少ないのですから。

 むしろ中国へ最もダメージを与えるのは現時点では曖昧な表明にしておいて、開催直前にボイコットを決める方法です。外交上の礼儀を欠きますが、出席するだろうという目算を盛大に狂わせるので、習近平のメンツを丸つぶれにすることができます。

 岸田政権に未曾有の圧力

 たがが一国、されど超大国。民主国家のリーダーたる米国にボイコットを表明された中国にとってはここからが正念場ということになります。既にオーストラリア、イギリス、カナダも外交的ボイコットを表明し、ニュージーランド武漢熱を理由に閣僚級を派遣しない方針を示しました。表向きには「驚くことない」とすましてしますが、水面下では第三国に米国に追随しないよう圧力をかけまくっているはずです。実際、岸田政権にもかなりの圧力がかけられていると参議院議員青山繁晴は動画で述べております。

 まず、ぼくの責任で申しますけど、ぼくなりの情報活動でぼくは確認できていると思っているのは、中国からすさまじい圧力がかかっている。水面下で。その圧力が、中国はしたたかだから、非常にシンプルに圧力をかけていて、一言で言うと「アメリカを取るのか中国を取るのか、決めろ!」と。もう、曖昧は許さないと。その象徴として「北京五輪を支持」して、「支持」をはっきり言えと。それでアメリカやイギリスが匂わせているような「外交ボイコット」は絶対するなと、ちゃんと地位の高い外交使節団を送って来いと。つまり開会式閉会式に合わせてですね。特に開会式に合わせて。それでそれを通じて中国共産党としては日本がアメリカを取るのか中国を取るのかどっちの決断をしたのか判断すると。(出典:【ぼくらの国会・第251回】ニュースの尻尾「対中宥和はダメっ!」,青山繁晴チャンネル・ぼくらの国会,2021.12.04.,1:20-2:21,

https://www.youtube.com/watch?v=YMXH5kRfXec

 とうとう来ましたね。中国の国家戦略はアジアを手中に収めて、そこから世界へ覇権を伸ばしていくことにありますから、そのためには日本を屈従させる必要があるわけです。日本さえ隷属させてしまえば、東アジアと東南アジア諸国は中国に到底対抗する力も持っていませんから、進んで従属国になるしかないわけです。

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中国が望んでいるアジア覇権

 中国が北京五輪支持を迫っている根拠として「東京五輪を支持した」だそうです。閣僚級で北京五輪開催に関わる国家体育総局局長の苟仲文氏を派遣したから恩に報いろ、ということでしょうか。ついでに台湾問題でも「米国の側に立つな」と言っています。実に横暴で身勝手な内政干渉です。そもそも東京五輪は2020年に開催されるはずだったのが、中国の武漢熱感染爆発を隠蔽して初動を遅らせたせいで延期し、しかも無観客試合にさせられたのです。受けたのは恩でなく害です。

 そんな理不尽な圧力にさらされている岸田さんですが、青山さんが代表を務める「日本の尊厳と国益を護る会」の申し入れ書は、バイデン政権のボイコット表明が報じられた7日の内に受け取ってくれたそうです。申し入れ書には「中国の人権侵害を一切容認しない」立場を表明し、弾圧をやめない場合は外交的ボイコットを実施すること、6月に流れてしまった非難決議の早期可決を目指すことがまとめられております。

shiaoyama.com 岸田さんも「右翼」とか「反中」だからと言う理由で邪見にしない辺り、従中一辺倒ではないようですね(だからと言って親中ではないとは言いませんが)。7日の記者会見でも「国益の観点から自ら判断」すると言ってます。かつてなら「国際関係の観点から判断」と言ってました。「国益」と言っただけで「右翼」と呼ばれる時代でしたから。

 日本的外交の悪足掻き

 で、岸田さんが考えている策は何か。産経新聞が報じております。

政府内では、閣僚ではないスポーツ庁室伏広治長官や日本オリンピック委員会山下泰裕会長を派遣する案が浮上している。苟氏は閣僚級だが、中国オリンピック委員会のトップも兼ねる。

政府関係者ではない山下氏を派遣することになれば、外交的ボイコットを打ち出した米国と一定程度足並みがそろうとみられる。政府は中国側の対応や米国以外の先進7カ国(G7)の動向なども見極めつつ、最終判断する見通しだ。(出典:<独自>日本、北京五輪に閣僚派遣見送り検討,産経新聞電子版,2021.12.8.,

https://www.sankei.com/article/20211208-LXZKVPPE45K65ARDAPFMKVSOZM/

 要は閣僚級じゃないけど東京五輪やスポーツに関わる役員を送って中国のメンツを保ちつつ、閣僚を送ってないからと米国の顔も立てる。絵にかいたような日本的外交、曖昧外交ですね。閣僚級じゃないと言っても政府の役員である以上、まさか私事で行かせるわけにもいきませんから公費での訪問となります。それって事実上の「外交使節団」になりません?外国メディアはどう報じるでしょうか?

 それに「曖昧は許さない」と言ってきている中国がこれで納得するんですかね。五年前ならこのトリックは通じたでしょうか、今はどうでしょう。微笑みを捨て、ロシアと大艦隊を組んで日本列島を一周して見せた彼らは「上っ面」ではもう騙せないかもしれません。今後同国は間違いなく、林外相に訪中するよう根強い工作をかけてきます。訪中してしまえば最期、北京五輪について話題にしないわけにはいかず、あれよあれよと「北京五輪支持」の言質を取られてしまうでしょう。そうなったら「閣僚級を送ってないから」と言う岸田政権のアリバイ政策は脆くも崩れることになります。私の言う別な悪い予感とはこのことです。

 なお冒頭でも申しましたがバイデン政権とその後のオーストラリア、イギリス、カナダの各政権が踏み切った「外交的ボイコット」は、見た目に反してマイルドなものです。後はどれくらいの国々が追随するのかにかかっており、数国程度ならただの孤立、落ち目の米国とその追随国のレッテルを張られて終わりです。第三世界の国々には権威主義が蔓延っており、中国の人権問題に目をつぶるところも少なくありません(そもそも欧米が率先して目を瞑ってたのですから)。ドイツやフランスの動向も気になるところです。

 また、これも繰り返しになりますが、この手のボイコットは早いうちにやるよりも後々に決断する方が、先方への打撃が強いです。裏手を返せば判断を先送りにすればするほど、その重みが増し、中国に従うか、中国に逆らうかと言う二者択一に近くなってしまいます。そうした戦後日本外交史上、最も重大な決断を岸田さんは下せるのでしょうか?

 

(2021/12/10 誤字修正)